今回は「私がペットフードの安全基準を見ても安心できない理由」の後編です。
前編は製造方法や表示の基準についてでしたが、後編は数値基準がテーマとなります。
今回も「ペットフード小委員会」の資料を引用しながら考察していきますが、私はガチの文系で専門知識なんぞ全くありません。
あくまでも自分自身が安心できるか、という主観に基づき思うことを書くだけの内容ですので、そのあたりは予めご了承ください。
で、「安心できるか」についていろいろ考えた結論は、「安心できない」なんですが、そのような結論に至った最大の原因は、基準値設定に関する根拠の開示が不十分である、ということに尽きると思ってます。
具体的に申し上げると、ペットフードの安全基準はそれぞれの物質の毒性データに基づく「許容量」をベンチマークにして決められているんですが、それが
- どのような試験結果に基づくものなのか
- どんな値なのか
開示されてないんですよね。
これって基準値設定の妥当性を判断するうえで非常に重要な情報だと思うんですが、資料に載っていないし、小委員会の議事録を見ても以下のような簡単なやり取りがあるくらい。
この議事録は4回目の小委員会のものなんですが、この期に及んで
- これは人に対する許容量ですか?
などというトンチンカンな質問が出てくるのを見て、私は
- 基準を決めるタイミングまでベンチマークが何なのかも分からず議論していたのか? はぁ?
と思ったわけです。
それどころか、安全基準の基準値そのものの根拠データですらも明らかにされていないため、しょうがないから自分なりに人の食品の安全基準と比べてみたら不安になってしまった、というのが大まかな流れとなります。
それでは、ここから上記の流れに沿って本論を進めていきます。
1.人の食品における毒性データの許容量
厚生労働省のホームページを見ると、農薬や添加物などの安全指標として用いられるのは、
- 許容一日摂取量(ADI)
- 耐容一日摂取量(TDI)
である旨が記載されています。
下記の定義をご覧いただけばわかると思うのですが、ADIもTDIも「健康への悪影響がない1日当たりの摂取量のこと」で、いずれも「mg/kg体重/日」で表示され、前者は意図的に使用される物質、後者は非意図的に混入してしまう物質に用いられます。
そして、ADIとTDIは以下のように算出します。
- NOAEL÷安全係数
これは毒性試験の結果(NOAEL)に一定の余裕(安全係数)を加味して求めるということなんですが、それぞれの言葉の定義は以下の通りとなります。
まずはNOAELから。
言葉だけだと難解かもしれないので、どのようにNOAELが決まるかについての説明資料も貼り付けておきます。
この資料はペットフードにおいても基準値が設定されているメタミドホスに関する資料なんですが、犬の毒性試験の結果がNOAELとなっています。
これは他の動物と比較した際に犬が最も影響を受けやすい、言い換えると犬にとってリスクが高い物質である、ということだと私は理解しています。
次は安全係数について。
要は、
- 種の違い(例えば「ラットと人」など、異なる種の試験結果をそのまま適用することはできない)
- 個体の違い(特定少数の試験結果をそのまま多数に適用することはできない)
によるリスクを数値化したもの、ということですな。
この定義に基づきドッグフードの成分のADI、TDIを算出すると想定した場合、私は下表のように行うものと整理しています。
しかしながら、動物間の種別差(例えば犬とラット、犬とウサギなど)を10倍としてみるのが適切なのか、イマイチよく分からないので、今回は犬の試験結果を確認できた物質(同種のため、安全係数は原則10倍)の一部について、自分なりに検証を行いました。
2.ADI、TDI試算値とペットフード安全
基準の比較
ここではまず、ピックアップしたいくつかの物質について、食品安全委員会のホームページにアップされている食品安全評価書を参考にして犬のADI、TDIを試算します。
次に、試算したADI、TDIに2を掛けて、体重2kgの犬の許容量を算出します(我が家の愛犬達は体重が2kg弱なので)。
さらに、体重2kgの犬に対する1日当たり給与量を50グラムと想定し、ペットフードの安全基準値に50を掛けて、上限値を算出します(なお、ペットフードの安全基準は、フードの重さに対する割合で定められています)。
そしてそれらを比較します。
(1)メタミドホス(農薬)
メタミドホスの人の食品におけるADIは、犬の試験で得られたNOAEL 0.06mg/kg 体重/日を安全係数100で割った0.0006mg/kg体重/日です。
<食品安全委員会の資料>
これを犬に置き換えた場合、種別差は1倍となるので、安全係数は10倍、ADIは0.006mg/kg 体重/日、体重2kgの犬の1日当たり許容量はその2倍の0.012mgとなります。
次にペットフード安全基準に基づく上限値です(表の最終行でADIベースの許容量と比較するため単位をmg換算)。
両者を比較するとほぼ同水準で、上限値が許容量を下回っているので、この結果自体に違和感はないのですが、話はそんなに単純ではないんですよね。
というのは、ペットフード小委員会の資料に「安全基準に基づく上限値は許容量の8割以下」と記載されているからです(下記4参照)。
もしかしたら私が試算した許容量に誤りがあるのかも知れないのですが、冒頭で申し上げた通り、ベンチマークである許容量の開示がされていないので、そのあたりを確認できないのですよ。
さらに言うと、上記1、2に
- 原材料の配合割合モデルを作成し、その原材料の農薬残留基準値に基づき農薬摂取量を推計
とあります。
農薬残留基準値は、システムで簡単に確認できるので、ペットフードの原材料として使われそうなとうもろこし、ジャガイモ、牛肉、鶏肉について調べてみたんですが、ものによって水準が全然違うんですよね。
これって、「原材料の配合割合モデル」をどう設定するかによって、農薬摂取量の推計値なんていかようにも調整する(基準を緩くしようと思えば、とうもろこしの割合を高くする、など)ことができる、ということであり、
- ベンチマークとなる許容量を開示しない
- 原材料配合モデルの中身もそれに基づく摂取量も開示しない
状況において、「摂取量は許容量の80%以下に設定してます」
などと言われても、イマイチ信用できんのですよ。
私が求めているのは、このペットフード小委員会の資料に具体的な原材料名と数字を入れて開示するだけなんですが、どうしてこんな簡単なことをしないんですかね。
私はこういう開示姿勢に胡散臭さを感じてしまう訳です。
(2)エトキシキン(添加物)
この物質はちょっと特殊で、NOAELの代わりにLOAEL(最小毒性量)を安全係数で割ってADIを算出しています。
LOAELを一言で表すと、「これ以上は危険」という危険性が確認されている最小値で、NOAELより高リスクなので、安全係数は100にさらに3を掛けた300に設定されています。
結果、人のADIは0.0083mg/kg体重/日となっています。
<食品安全委員会の資料>
これを犬に置き換えると下表のようにADIは0.0833mg/kg体重/日、体重2kgの犬の1日当たり許容量はその2倍の0.1667mgとなります。。
次にペットフード安全基準に基づく上限値です(表の最終行でADIベースの許容量と比較するため単位をmg換算)。
なんと、安全基準ベースの上限値(3.75mg)がADIベースの許容量(0.1667mg)の22.5倍になってしまいました。
そうなると、安全基準がどうやって決まっているか、という話になると思うんですが、それは下記の通りとなります。
要は、
- 海外の安全基準や飼料の基準を考慮し設定
- 基準を満たした飼料の健康被害の報告がないから大丈夫
ということのようです。
でも、本当にそんなんでいいんですかね。
エトキシキンのLOAEL(2.5mg)は、
- 犬にエトキシキンが100PPM入った餌を体重1kgたり25g与えたら健康被害(過剰な流涙、脱水症状、血液生化学的変化、肝臓の色素沈着)が出た
という事実に基づいています(下記食品安全委員会資料)。
そのような事実よりも「他国がそうだから」、「飼料で健康被害の報告がないから」ということ尊重して基準値を設定しているわけで、個人的には全く「安心」なんてできません。
さらに言うと、飼料の健康被害報告がないことを基準値の根拠にするなら、ペットフードにおいても事業者から報告がきちっと集まってくる制度、ルールを作るべきだと思うんですが、実際はどうなんですかね。
私がペットフード安全法と飼料安全法を見比べたところ、飼料安全法の方が規制が厳しい(人の健康に直結するからなんですかね)ように見受けられますし、農水省のHPにある「安全なペットフードを供給するために」という事業者向けの資料は、
- 被害を最小限にするよう努めてください
- 通報の手順等を定めておきましょう
という事業者任せの緩い内容となっており、健康被害が発生した場合に漏れなく速やかに報告が集まるのか甚だ疑問です。
(3)デオキシニバレノール(汚染物質)
デオキシニバレノール(略称:DON)は、犬猫に嘔吐などを引き起こす可能性のある物質です。
食品安全委員会の資料を見ると、DONのTDIはマウスのNOAELをベースにしていて、犬のNOAELについては記載がないのですが、「嘔吐が認められなかった最大投与量」が掲載されていたので(0.025mg)、それをNOAELとみなしてTDIを試算しました(因みにその左にある0.10は、嘔吐が認められた最小投与量です)。
<嘔吐が認められなかった犬の最大投与量(一番右の0.025)>
次にペットフード安全基準に基づく上限値です(表の最終行でADIベースの許容量と比較するため単位をmg換算)。
DONもエトキシキンと同様に安全基準ベースの上限値(0.1mg)がTDIベースの許容量(0.005mg)の20倍になってしまいました(強引に「みなしNOAEL」で計算した結果ではありますが…)。
あと、DONについては上述の試験(皮下投与)とは別の試験(混餌、14日)も実施されており(下表)、その結果は0.45mg(嘔吐が認められなかった最大投与量)だったのですが、私は最も厳しい結果を採用するのが食品安全評価の考え方だと思っていますし、14日間の試験結果を長期間与え続けるフードには適用したくないので、皮下投与の結果をNOAELとみなしています。
なお、この混餌の試験結果であっても、安全基準ベースの上限値(0.1mg)がTDIベースの許容量(0.09mg)を上回る試算結果となりました。
次は安全基準値の設定方法についてです。
ちょっと分かりにくいんですが、これって
- DON濃度が高い原材料でペットフードを作ると想定した場合の最大濃度を基準値とする(犬の場合)
というもので、平均値(0.9mg/kg)の2倍以上の最大値(2.0mg/kg)をそのまま基準値にするわけですから、とにかく基準値を大きくしたい、という意図をひしひしと感じてしまいます。
なお、毒性データに基づく許容量との比較については、
- 安全係数を1で見れば許容量の範囲内なので問題なし
- より基準値が大きいEUで健康被害が報告されてないから大丈夫
だそうです。
それにしても、この安全係数1っていうのは何なんですかね。
大量の犬の動物実験をしたとでも言うのでしょうか。何を根拠に1とか言ってるのか私には全く理解できません。
さらにエトキシキンに引き続き、DONでも登場する「健康被害の報告がないんだから大丈夫なんです理論」。
もうここまでくると「基準値を大きくするためなら何でもあり」に見えてしまいます。
私はこんな基準の決め方を見て「安心」なんてできません。
3.まとめ(感想)
前回は製造と表示に関する基準、今回は数値基準について、自分なりに調べて思うことを書いてみたんですが、全体を通じて強く感じたのは、
- この基準は一体誰のためのものなのか
ということです。
ペットフード小委員会の資料や議事録を見ると、至る所に
- 円滑な供給のため
- 生産や取引の中断を避けるため
といった表現が出てきて、それを基準を緩める大義名分にしているように見受けられます。
別にそのこと自体に反対するつもりはありませんが、だからといって安全係数を1にしたり、被害の報告がなければokにするのは「やり過ぎ」だと思うんですよね。
私は今回のエントリーにおいて、「犬を用いた試験のNOAELは・・・」などと淡々と書いていますが、食品安全委員会の資料には犬に限らずマウス、ラット、豚、サル、ウサギなど様々な動物実験の結果が記載されていて、それを見て何とも悲しくいたたまれない気持ちになっていました。
特にエトキシキンのLOAELの根拠となった二世代の試験は、生まれてくる子犬に対する影響まで見るという残酷なものです。
ここではあえてその結果(の一部)を貼り付けますが、このような結果に基づくLOAELがあるのに、そうした結果をまるで無視したような基準値を設定して、「被害報告がないから大丈夫」などと言えてしまう感覚を私は持ち合わせておりません。
この子たちは一体何のために犠牲になったのか、という話で、彼らの命は専ら人の安全基準のためだけの犠牲であり、同種の仲間達の安全基準に活かされることはなかった、と私は思っています。
もちろん私が計算間違いをしている可能性も十分にありますし、むしろそうであって欲しいと思っているのですが、ペットフード小委員会の資料を見ても、
- 「考え方」がダラダラ書いてあるだけで、その考え方をどのように適用して基準値を設定したか明らかにしていない
- 許容量についても同様で、どのような試験のどのような結果に基づくどのような値なのかを明らかにしていない
ので、数字の裏付けが全然とれないし、専門家によるネットの記事や動画を見ても、フードの原材料や栄養に関する話ばかりで、私の知りたい情報(安全基準の妥当性の検証)を見つけることができないので、自分がやってることが合ってるのか間違ってるのか分からないんですよね。
そのような状態で申し上げるのもどうかとは思いますが、私のような飼い主目線からは
- 業者が困らないようにすることを優先した「業者のための基準」に見える
というのが正直なところです。
とはいえ、前編(製造基準、表示基準編)を含め、苦労していろいろ調べたことにより、これまで以上に頭の中の整理はできたので、今後のフード選び(我が家の愛犬達の食事は、半分くらいがドッグフードです)や愛犬達の健康のために活かしていきたいと思っております。
<ご参考:前編(製造基準・表示基準編)>