廃車WonderAround -8ページ目

京都市交通局

     京都市交通局

 

撮影地:京都府

撮影日:2018/07

車両詳細:いすゞ BR20/西日本車体工業

 

山の中でひっそりと余生を過ごしている京都市交通局の廃バスです。やはり緑の車体には緑が美しい季節に撮影したく今年になり撮影しなおして来ました。関西のバスで1960年代のバスは現在となってはあまり残っていないような気もいたしますので、非常に貴重な生き残りではないでしょうか。また車両型式などご教示いただきました、Webサイト「80s岩手県のバス“その頃”」管理人様にはこの場を借りてお礼申し上げます。

フロント。ライトが低い位置にあり、これはいすゞのBC系などに共通するデザインではありますが、特徴や車両寸法などから推察するとBR20であろうとのこと。また、ボディ架装は西日本車体工業が行った車両で西工解散する最後まで西工車を導入していた関西の事業者らしく、そしていかにも京都市交通局らしい1台ではないかと思われます。

フロントに残る「いすゞ」のエンブレム。これは1950年代のボンネットバスの時代でも見ることが出来たエンブレムですから、この車両の古さもお分かりいただけるのではないでしょうか。その割には塗装も残り、エンブレム類も残存しているのは凄いですね。

今でも使用されている局章。

サイド。前後扉というのもいかにも関西の事業者といった様相ですね。最後まで自分を悩ませたのがこのリヤデザインで、先ほどのフロント形状のモデルは通常であれば丸みを帯びたリヤデザインとなります。ところが、この車両は車体の前面と後面で同じプレスパーツを用いた箱型車体を組み合わせた、まるで電車のようなデザインとなっている為、型式の特定は困難を極めました。なお、資料を調べると京都市交通局の同型車両について「箱型バス」と表現しているものがありました。箱型・・・そういうことだったのですね。この箱型、当時近隣では大阪市交通局が大量に増備しており、関西圏では結構見られたボディ形状だったのかもしれません。また、「京都市交通局公式ホームページ」にも市バス車両の歴史として同じ箱型バスとして大体同年式のいすゞBR351の写真が掲載されています。また、それとこれは顔つきが異なり当時はどのような車両ラインナップであったか非常に気になるところです。

この車両は前乗り、後ろ降車の車両でした。この前乗り後降りのワンマンカーは1961年、京都市電北野線の廃止と共に採用されました。60年代はこの前乗り後降りと後乗り前乗りワンマンカーが混在。その後72年に全ての車両が後乗り前降りへと統一が行われますので、それまでには引退し、ナンバーや社番はわかりませんが61~72年頃まで活躍していたであろうと推察いたします。

前扉の横には「30円または回数券をご用意ください」の文字が残ります。当時の市電の料金は25円。

逆に、後部の扉付近には「お乗りの方は前の方から願います」の文字が残っていました。

サイドの下部には西日本車体工業の銘板が残ります。

車内です。

細いハンドルがいかにも当時の車両らしいですね。

速度計など計器類。

ドア開閉の操作盤等。中にブザーが見えますが降車ベルを押されるとここから音が響いたのかもしれません。

前扉のステップは完全に朽ち果てていましたが、車内の床はしっかりとしています。

降車ベル。

車内はガランとしており、あまり座席などは残っていません。

先頭のタイヤハウス上の座席だけ残存していて目立ちます。

後部も少しシートが残っているようです。

手すりや広告枠などが残っていることも分かります。

運転席側の真ん中に非常扉が設置されています。

後部に残るシート。運転席側後部は横掛けのシート。こういう形で当時の車両の座席配列が分かるのは素晴らしいですね。

後方の座席は今のバスほどスぺース効率が良くありません。

後部の降車扉。

扉の上にはベルを押された際に点灯する「次の停留所に止ります」。そしてステップ灯のカバーもしっかりと残存していました。

京都市交通局の廃バス自体が珍しい中、これまた癖のある車両が残っていてくれたなと思います。

リヤです。

これが通常の丸いデザインではなく電車型のリアデザイン。左側にある丸いルーバーが当時のいすゞのバスの特徴ですよね。

フロントとリアのプレスパーツが同じですので、こう暗く撮ってしまうとこちらが前と言って騙される方が出てもおかしくはないような気もします。過去に当ブログで「大阪市交通局」の記事で集会所として使用されている日野BT11、金産コーチが架装した前後プレスパーツを用いた「箱型バス」を掲載したことがあります。あちらは66年頃のモデルですが、こちらはそれよりも古い60年代初期の車両と思われ、なおかつ西日本車体工業が架装したこのような車両の現存はかなり少ないのではないでしょうか。

運転席側に残るワンマンカーの文字。

運転席引違い窓。

ひっそりと山の中で佇む廃車体ですが、当時の交通遺産/技術遺産として残るべき廃車体といっても過言ではないと思います。ボンネットタイプのものはデザインもありレストアされ実働車も多くてもこの手の60年代の保存車は非常に少ないのが現状であるためです。ぜひ、この車両は残り続けて欲しいものです。

 

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