きのうはバイト帰りにスーパーに寄って帰ったら19時半過ぎ。
先にお風呂に入り、さあ、買ってきた3割引のヒレカツと鉄火巻きと残り物の冷や奴で夕食だよ。
ビールはこれにしました。
泡が湧き上がるとあったけど湧き上がってこなかった。
Unext で「王になった男」を見ながらクイーッといきました。
王妃が陰謀に巻き込まれて窮地に立っている
絶対王妃を救うと誓うハソン
ど、どうする?
見るのは2回目だけどこのへんの具体的な記憶は曖昧なのです。
ともあれ、証拠が出て来て、王妃の濡れ衣も晴れ、大妃を追い詰める材料も揃ってきてよかった。
でも次々難題を押し付けられるハソン。
さてどう切り抜けて行くか。
これからもっと接近してゆく二人に思いを馳せながらゆっくりビールを飲み終え、片付けも終わって別のドラマを見ていると、
「ただいま〜」
え、もう帰ってきたの?
まだ9時過ぎ
正味1時間半のシンデレラタイムでした。
「語学学習はセルフコーチング」
こんな難しいタイトルをつけましたが、難しいことを書ける力はありません。
日々ほぼ一人で学習を進めていると、すごくお気楽に課題をこなしていたり(決して簡単という意味ではなく、大変さがわからないゆえにわかった気にだけなって進めてゆくということ)、一方ちょっとしたことですごく難しく感じてテキストを開くのもイヤになってしまったりすることがあります。
お気楽モードになった時は、「もうここはわかっている」というところをさらに何度も見直してみると、いろいろ見落としを発見できて、自分への戒めになる。
嫌になった時が一番いろいろ考えます。
何が一番負担に感じるのか、そこがわかればなんとか回避することも思いつけるのですが、そこに至るまでが大変。
そこでいろいろ考えるのですが、まずはやることを単純化すること。
リスニング3回、リーディング3回など機械的に決めてしまう
面倒そうな設問はとりあえず放置
機械的に書き写してみる
答えを見ながらただただ納得する
など、とにかく勉強を続けていけるような工夫をしてみます。
力がついているかどうかには目をつぶって、とにかく継続することを目標にメニューを考えてみる。
というふうに考えてやってくると、これってコーチングの手法なのかな?と最近考えるようになりました。
教えてもらうというのではなく、自分で学んでゆくために自分で課題を見つけてゆく、というような。
それが学習法として正しいかどうかは別として、自分なりに足掻いてみるというか。
まだ今は中級前の段階なので自分で課題を見つけられるけれども、学習が進むとまた限界を感じてくるはず・・・
その時は
自信がない
そこまでがんばった自分をほめて、続けてきたこと自体がすごいことなんだ、と前向きにとらえて、細々とでも勉強を続けてゆくことでしょうか。
あるいはプロの先生に頼るのも大切ですよね。
資格試験を目標にしていると、あきらめるという限界にどうしても達することがあります。
あきらめたのではなく、ここまでがんばったんだと自分を認めることが次の別のステップにつながることになるのかな。
本音は、
もうやりたくなーい
かもしれないけどね