【連載12】
「あなたの人生に二択を準備したんだけど聞いてくれる?」私は彼から“逃げ”なかった
右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」
数日後、このことを話すことにした。
「私は、あなたの人生に二択を準備したんだけど聞いてくれる?」
「はい……」
なんだか緊張しているようすが見て取れた。
「一つは、私と別れて自由に暮らす選択。もう一つは、あなたの年金を全部私にあずけて、私が借金を肩代わりする。ただし、私の言うことは聞いてもらう。この二択」
勝算があったわけではない。素直な性格だから、できないことはマネジメントでなんとかなるかもしれない。言葉が出てこない彼に、
「私ってさ、男前だと思わない? あ、こういうことって同意を求めることじゃないか」
「ありがとう。年金をあずける。がんばってみるよ」
「じゃあ、この借用書を書いて」
私は、お金の管理ができないという恐ろしい状況を目の当たりにしながらもしっかりと、事実を受け止めた。ここから谷口正典のどん底人生のマネジメントがはじまった。こんな流れで、結婚式などできるはずもなく婚姻届を提出しただけだった。
結婚してから、夫の人生も背負うことにした私に楽しい時間もあった。それは、夫が所属する障がい者サッカー、アンプティサッカーチーム「アフィーレ広島AFC」の活動に参加することだった。
「おはようございます! きょうもいずみさん、参加しますよね」
チームのメンバーが私も仲間として扱ってくれたことが嬉しかった。ともに汗を流し、ゴールに向かって走る。本当に気持ちよかった。何度か練習に参加するうちに気がついた。全員がプレーをしているので、アフィーレ広島AFCの写真は集合写真しかなかったのだ。
「せっかく、かっこいいプレーがあるのに、写真がないのがもったいないよね」
そう夫に提案をした。
「確かに写真があったらいいよね」
「そうだよね! じゃ、一眼レフのカメラほしいから買うことにするね」
私は、アンプティサッカーを撮影するために一眼レフを購入した。それ以来、アンプティサッカーの練習や試合があるときは、本当はめちゃくちゃプレーに参加したいけど、カメラマンとして同行していた。写真を撮っていると、少しずつアンプティサッカーのルールやうまくなるコツにも詳しくなっていた。夫は、右足切断だけでなく、左足の粉砕骨折があり、さらに足首の動きが良くなかった。左足で蹴ったボールは、全く違う方向に飛ぶことが気になった私は、練習がない日に声をかけた。
「サッカーの自主練行くよ!」
「え? 今から?」
「だって、応援行っても、下手だったらつまんないもん」
「……、準備するよ」
連日のように、公園や空き地やスタジアムの補助グラウンドなどボールを蹴る場所を探しては、一緒に自主練をした。自主練の甲斐あってか、少しずつボールが身体の一部のようになっていった。
「まーさん、毎日ボール触ってるでしょ。なんか違うわ」
サッカー経験の豊富なコーチが言った。
「クラッチの使い方が変わったね。クラッチでヨコ歩きってどうやってやるん? 教えて」
身体を支える医療用のクラッチを器用に使いこなす姿が、選手の間でも話題になった。
本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。