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【連載7】「足がなくて、義足なんだ」の告白に…拍子抜けした相手の言葉

右足と脳機能を失っても、挑戦し続ければ道は開ける。
人生の目標を実現していく、夫婦の起死回生ストーリー。
ノンフィクション小説「逆境のトリセツ」

 

 

 



二人の出会い
義足と言えなかった思い

ある日、LINEの整理をしていたところ、ほんの少しやりとりしたトークルームを見つけた。そういえば、スポーツの話をしたな。俺は、思い立ったように連絡してみることにした。

「元気ですか? 最近何していますか?」

久しぶりのトーク開始で返事があるとは思っていなかった俺は、あっさり数分後に返信が来たことに驚いた。

「相変わらず仕事が忙しいんだよね。そういえば、サッカー以外に、何か他のスポーツしてたの?」

タメ口……。会ったときに俺の方が年下ですね、って言ったことを思い出した。

「高校時代に結構本気でテニスを……」

「そうなんだ。私も中学時代に軟式テニスをしていて、最近、硬式テニスをはじめたの」

「いいですね」

「でも勝負テニスをやってたからかな、テニススクールのラリーがなんだか許せなくて」

彼女は、負けず嫌いで、通っているテニススクールのやる気のないラリーが気に入らないと話した。

「本気でテニスやっていたなら、相手をしてほしいんだけど」

俺は、義足を隠していたことを後悔した。いずれはわかることなんだから、言った方がいいよな。

でも、義足のことを言えば、きっとこんな会話もできないだろうし、テニスに行くことも諦めるかも。

「テニス、いいね。最近ちょっと忙しいから、また今度行こう」

なんとなく、義足であることを言えずに先延ばしにしてしまった。

しとしとと雨が降る中、いきつけのカフェで彼女とばったり再会した。パソコンを相変わらずバシバシとたたいている姿を見つけて、俺は声をかけた。

「やっぱり仕事しているんですね」

「あ、パソコンね。東京出張から戻ってきたんだけど、ここで少し仕事してから家に帰ろうと思って。息子がいるから、家で仕事ばかりしている姿を見せるのもどうかなと思って」

「息子さんがいるんですね」

「そう、バツイチ子持ちなの。あ、もうそろそろ息子が帰ってくる時間。帰らなきゃ」

「外、雨ですよ。送りましょうか」

「え! 車? それは嬉しい」

駐車場に向かうとき、義足と気づかれないか気になってしょうがなかった。

俺は、サッカーの道具が散らかっている車の中をささっと片付けた。

家の近くまで送ったところで、俺は本当のことを言うことにした。

「実は、俺、足ないんだ」

「足って、足?」

「そう、足がなくて、義足なんだ」

「どっちの足?」

「右足が義足」

まあ、これでテニスに行くのも諦めると思った、次の瞬間の言葉に拍子抜けした。

「? 今どうやって運転してたの?」

「左足」

一瞬、彼女の言葉が止まった。ただ、よくある可哀想に思っている感じではなく、運転していた足をのぞき込んだ。

「それって、すごいね! 私は、左足で運転無理だわ。ねえ、その義足ちょっと見せてよ」

「いいよ。こんな感じ」

「え!!!! かっこいいじゃん。アイアンマンみたい!!!」

「そう?」

「その義足は何ができるの? 走れるの? 跳べる?」

義足に興味津々のようすで、矢継ぎ早に飛んでくる質問に驚いた。

「走る義足じゃないから」

俺は、ここでテニス行きを断ろうと続けた。

「テニスのことだけど、義足でテニスに行っても、球出しくらいしかできないと思うから……」

「でもさ、今さっき歩いてたよね。できそうじゃない? 球出ししてくれるだけでいいよ。行こうよ」

この日、義足のことをカミングアウトしたものの、何も変わらず、彼女は、ただただ、テニスがうまくなりたい、と思っていたことがわかった。

しばらくして、

「テニスコートを予約したから行こう」

と連絡があった。一緒にテニスに行くことになった俺は、本当に義足のまま球出しをすることになったのだ。ボールを出せば、真剣に打ち返してくる。本当にテニスをしたかったんだ、とつくづく思った。

硬式テニスのボールは軟式テニスと違って、打ち方によってはホームラン級の返しとなる。彼女のテニスはずっとその状態が続くほど、ホームランテニスだった。

「押し出すように面を出してみて」

「やってみる」

さすがの運動神経で矯正してきた。そのうち、俺のそばにそれなりのスピードのボールが返ってくるようになってきた。良い位置にボールが来れば、打ち返せる。

「これはイケル!」

と思いっきり打ち返した。

「なーんだ。義足でもテニスできるじゃん」

彼女はどんどんと俺のそばにボールを返しはじめた。まさかのラリーが続くことになった。俺自身、義足だからと遠ざけてきたテニスができたことは、本当に嬉しかったし、

「義足でもできるじゃん」

と言う彼女の一言が自信になった。

球を打ち終えると、彼女は、球拾いも真剣にしていた。今考えると、何でも全力で向き合う女性だった。

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本連載は、突然の事故、右足切断、記憶障害、脳機能の低下。途方もない試練を乗り越える裏には、小さな気づきと大きな愛情があった。夢を見つけ夢を掴む姿を描いた、試行錯誤の記録。※本記事は、 谷口正典氏・益村泉月珠氏の書籍『逆境のトリセツ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部抜粋・編集したものです。
https://life.gentosha-go.com/articles/-/13045