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自考能力開発講座

自分で考え、自分で行動するには、何が重要か?”考える”ということはどうすれば出来るのか?過去にとらわれ、今に悩み、未来を憂う人に贈る『自考能力開発講座』




大願成就・・・

めでたい言葉である。

誰にでも少なからず願い事がある。

人は物心ついた頃から

夢を抱く・・・

野球のイチロー選手や

サッカーの本田選手のように

子供の頃からの夢を

文章に残しそれに向けて

自らの努力を重ね

それを実現した例もある・・・。

そんな彼らも今は別の大願がある。

人は大願を成就した時点から

次の大願を抱くのである。

成就に終わりはないのであろう。


狂気・・・

何かを成し遂げようとした場合

意識レベルが周囲と一緒では

事はならない。

周りから・・・

「・・・あいつは変わってる・・・」
「・・・ちょっと人とは違う・・・」
「・・・なんか少し考えが・・・」

などと言われて、意識や行動を

普通”にしていては大願成就はならない

成し遂げたいものが定まると

それに人は狂ったように

突き進まなければならない

途中で諦めるようでは

それは大願ではない。

素直ではない・・・
依怙地だ・・・
偏屈なやつ・・・

そんな評判も気にならない些事

我が道を突き進む熱量がいる。

世間の常識、我が常識にあらず!

という強靭な姿勢が求められる。


侠気・・・

我が道を往く・・・

それは身勝手ととらわれがちである。

がむしゃらに己の大願に突き進む中で

当然、人との縁も発生する

孤高の天才も先進の英才も

人の営みの中で生かされている

そこで成就への道が決まる。

数は少ないが・・・

必ずその才能を認める人が現れる

その人を大事にしなければならない

ひとつの道を邁進していると

孤独である

その孤独にへこたれていては

大願は成し遂げられない。

しかし、砂漠の中のオアシスは必要である。

その大事なオアシスは”人”であることが多い

そして、その人に対してだけは

万難を排し気に掛ける姿勢が欲しい。

その姿勢は、大願への運を連れてくる。
その姿勢は、成就への導きとなる。
その姿勢は、支援者を増やすことになる。

狂気の中の侠気である。


健気・・・

大願成就を目指している時に

病気を患い断念する・・・

よく耳にするケースだ。

おそらく・・・

自分を追い詰め・・・
批判に苛まれ・・・
悲観に包み込まれて・・・
今の道が苦しくて・・・
でも歩みを止められなくて・・・

病は天の啓示などと言われる。

もう一度生き方を見つめなおせと

いうサインなのかもしれない。

無理はいけない。

その大願は、心の底から

好きで好きで仕方がない

という世界でなければならない。

これをやっていれば寝食も忘れる

嫌々やらされていると人は病になる。
無理やりだと人は心が弱る。
強制されると人は体が動かなくなる。

健やかなる気質・・・

この健気な心持で大願に向かうことだ。

大願はいつも対岸にある

そこには健気という船が要るのだ



人の願いはいつの時代も尽きない

夢、妄想、宿願、理想、祈り・・・

それを形にする、実現するには

様々な障壁、誘惑、罠が人生には潜む

それらに人は心身を持って行かれやすい。

人に夢で・・・儚い(はかない)と書く

しかし、その儚さに打ち勝てるのも人である。

人が夢を抱くことは挑戦なのである。

そして挑戦し続けた者だけが大願を成就する。

大願成就の儚さを形に成せる我が真剣!」である。










管理職なんてなりたくない!・・・

若者達にたまに聞かされる言葉だ。

その度に・・・

本当かなぁ・・・?”と頭をひねる。

現状として・・・

わずかの役職手当と増大する責任・・・

わからないこともないが

現状のまま・・・というのは後退である。

時が進めば、環境状況は変わる。

それが自然だ。

ならば自然に逆らわず

眼の前に起こることを

受け入れた方が良い


時間・・・

管理職の筆頭の仕事が

この時間管理である。

経営計画を担う者として

数字を中心軸に計画を

策定するのは実は得策でない

時間を中心軸に計画を

練り上げることが重要である。

何故か?

数字は結果であり経営資源ではない

経営資源は材料であることから

数字の寄せ集めで計画を

策定するとズレが生じる

もっというと人が疲れる

自社が使える総時間はどれだけか?
時間当たりの生産性は?
その品質を上げる打ち手は?
昨年実績を80%の時間で達成するには?
昨年の総時間で実績を20%上げるには?

時間ベースで思考していくと

品質が見えてくる

年々これを高めていくのが

経営の好循環を生む秘訣だ。


数値・・・

ビジネスである以上数値管理は外せない

しかし、数値の表面だけを見て

「・・・なんとかしなきゃ・・・」
「おぉぉ・・・よしよし・・・」
「・・・このままじゃ・・・どうすれば?」

こんな感想や考えでは

なかなか経営品質は上がらない

数値管理の肝は

眼の前の数値に意味を見出せるかどうかだ?

数値が計画に満たない・・・理由は?
数値が計画を上回っている・・・何故だ?
数値が計画通りだ・・・どうして?

そこに起因するのは・・・

大部分がスタッフのモチベーションだ。

管理者は数値管理と並行して

独自のスタッフ・モチベーション・マトリックス

心のGPS管理をしておくことである。

マイナス方向へ行きかけた時点で

気付けるようにモニタリングしておく。

その経験値が将来

数字が上がる仕組化へつながってくる。


指導・・・

管理者の永遠のテーマがこの指導領域である。

自分が過去に出来たことが

今のスタッフに何故できないのであろうか?

こんな疑問が管理者のストレスとなる。

下手な指導者は答えを言う。

「・・・こうやりなさい!」と。

スタッフは言われたからやってみる。

十中八九上手くいかない。

何故か?

人間は自分の考えたことしかやらないからだ

答えを与えられたスタッフは

・・・○○部長の言うとおりやったが・・・」と

言い訳達人の道を歩み始める。

そこで、指導者は

答えを与える指導を止めなければならない

では何を指導の軸にするか?

思考の浮島を授けるのである。

業績不振・・・

・・・回復するにはこの3つの方向性で・・・

とスタッフに自己解決の方向性を提示する。

その方向性でスタッフは

具体的な処方を自ら考えて実行に移す。

最初の処方は拙いが心配ない

これを繰り返すと自考能力が増す

遅いようで一番成長が早いのが

答えの直前までの方向性を与える手法だ。


管理という仕事は”責任を担う”仕事である。

決して偉い人ではない

しかし、人は責任を担うことにより

成長していくのである。

若い者たちには是非

責任を怖れず、負担を厭わず、難題を避けず

新しい自分作りに挑戦してほしい。

任される自分を鼓舞し未来を担え!」である。






少年老い易し学成り難し・・・

この言葉は朱子学の祖、朱憙の『偶成』が

出典と言われているが、定かではない。

しかし、年長者が若者によく使う言葉だ。

「・・・若いうちに勉強してた方が良い・・・」

などと会話に出てきた時は

このことを言っているのだ。

時の経過はあっという間である。

そろそろ勉強しなくては・・・

なんて考えているうちに寿命を迎える

学びはそう簡単に身につかないから

早めにコツコツやりなさいということである。


座学・・・

人の教えを聞いたり・・・
書物に触れたり・・・
他の事例を知ったり・・・


学ぶ入口は人様々であろうが

概ねこんなパターンで

新しい知識に触れる。

自分には知らない世界があるのだ・・・

ということを知るのが

座学の狙いである。

無知の自覚・・・無知の知である。

座学の際、出来るだけ

そのまま、レアな形で自身に

取り入れた方が良い。

何故か?

座学は”知識の仕入”だからである。


省学・・・

座学が仕入ならば、省学は”検品”である。

省学の際には、自分の考えや定見と

照らし合わせると良い。

この省学の作業が欠落していることが多い

座学で得た知識を

自分のフィルターにかけずに

そのまま自分の考えとしてひけらかす・・・

ロクなことにならない

突っ込まれてあたふたするだけだ。

この省学は孤高の作業である。

自分と向き合う時間である。

自分の中にストーンと落ちるか否か?

仕入れてきた知識を

今から使えるもの。
将来使えそうなもの。
捨てるもの。

最低でもこの3つに分類するといい。

そして今から使えるものに

エネルギーを注いで

自己のものへと磨いていけば良い



活学・・・

座学も、省学も全てはこのために行う

新しい知識を仕入れ
自分の定見に加味し
それを世にぶつける・・・

その評価や批判を得ること・・・

これが活学である。

だから本当に学びたければ

世に問える段階まで

磨かなければならない。

知識は時代とともに形を変える。

だから知識欲は大切である。

大いに座学すべしである。

問題は・・・

座学で学んだ気になっていることだ。

活学までのプロセスを経ないと

学んだことにはならない。

この活学を促進させるスパイスが

仮説力”であることも付け加えたい。

もしかして・・・
例えば・・・
ひょっとして・・・

この好奇心が活学を進めるのである。


新しいこと、知らないこと、未知なこと・・・

何歳になっても興味を抱くことは

実にすばらしいことだと思う。

しかし・・・そう、しかしだ。

出来るだけ早い方が良い

若いうちに学び方を知っていれば

自分自身の未来も開きやすい

知識入れ、篩にかけて、投げてみる!」である。






守・破・離・・・

よく聞くことだが、どこからきた言葉か・・・

世阿弥、千利休、華道、武道・・・

諸説あって定かではない。

しかし、よくよく意味を考察すると

これは”達者になるプロセス”を表している。

心に定めた世界に身を投じ

その世界できっと成功してみせる・・・

新たに社会へ飛び立つ若者に

成長の本質を語る言葉である。

是非、この人生の原則を味わってほしい。


・・・

初心、下手、稚拙などという

初期段階の者への訓えである。

最初は、先達(先生、先輩、上司など)の様を

真似してみる、なぞってみる、繰り返してみる・・・

この段階で「それじゃ、自分の個性が・・・」と

幼子のように駄々をこねてはならない

それが最初の仕事なのだから。

それに初心の鉄則は個性を出さないことである。

何故なら、その世界を理解する

自分の位置、座標が分からなくなるからだ。

どうしても個性を出したい!と言うのなら

独立するしかない。

最初は黙々と虚心に粛々と・・・

真似ることだ。

そう、次のステージの為に。


・・・

初心の域を出ると自分の色を

出し始めても良い

個性というよりも感性の世界だ。

つまり、これまで習ったことに

自分なりの工夫をこらすということである。

この段階から新しい自分作りが始まる。

人はそれを見て・・・

「成長したなぁ~」
「上手くなったなぁ~」
「やっと一人前だなぁ~」

こんな声が届き始めるのが合図だ。

初めて評価らしい評価をもらう。


・・・

これまでは、他人の影響を受けて

それなりに成長してきた。

周りを見渡すと自分が指導する立場・・・

離の世界はいわゆる”一本立ち”という

世界に入っていく。

影響を受ける側から与える側に入る。

そのスタイルは様々だ。

独立する者、拠点を任される者、トップになる者・・・

大きな責任を担う覚悟のいるステージである。

世間はこういう・・・

「いよいよ勝負の時だなぁ・・・」
「本当の実力が試されるなぁ・・・」
「ついに上り詰めたなぁ・・・」

この領域には新たなものが付いてくる。

それは孤独感である。

離れるということは、

これまでの庇護がなくなるということだ。

ただそれだけではない。

組織内ではなく

世の中での存在感である。

我此処に在り”と自分の人生に形を残す。

孤高を怖れず生き抜く標作りが始まる

人は成長したい生き物である。
 それには土壌が要る。
  それが守の時の出会いだ。


人は影響を与えたい生き物である。
 それには仲間が要る。
  それが破の時の縁だ。

人は自分の世界を作りたい生き物である。
 それには覚悟が要る。
  それが離の時の定めだ


生き様の指南を示す守破離かな!」である。




百聞は一見にしかず・・・

中国古典、『趙充国伝』にある言葉である。

後世の人々は、この後に続きを添えた。

百見は一考にしかず・・・
百考は一行にしかず・・・
百行は一果にしかず・・・
百果は一幸にしかず・・・
百幸は一皇にしかず・・・


序列で並べる。

見分<思考<行動<成果<幸福<皇帝・・・

最後に皇帝がくるところは中国故事らしい。

しかし、1人の優秀なリーダーの登場

どれほどの価値があるかを考えると

頷くところもある。

だが、初動は「見ること」である。


責任・・・

世は他責に満ち溢れている

処世の術と言ってしまえば

それまでであるが・・・

それにしても他責シーンの多いことか・・・。

この責任の見える化は

組織運営で責任の所在を

明確にすることによって

命令系統を円滑に進める。

責任者の権限は増す

そのことを利して

責任者は責任の細分化を計る

そこに他責の温床がある。

「A君があそこでミスしなければ・・・」
「B君のあの判断が招いた・・・」
「C君さえ上手くこなせていれば・・・」


責任の細分化された先を

責任者にしてはいけない

それは担当者である。

だから、上手くいかなければ変えれば良い

しかし、どんなことがあろうと

責任は責任者1人が担うことである。

見える化は効率のために行う

疑心や負担増を生むシステムではない

責任者が逃げては組織の力が減退する。

見える化の成功は

責任者の覚悟次第である。


評価・・・

自己評価で何点なの?」と

先輩や上司から問われることがある。

意味をなさない問いである。

何故なら、

評価は自分以外がするのである。

前述の問いの時点で

評価は下されているのである。

その評価と本人との誤差

確認するための問いである。

評価の見える化は数字しかない。

売上、利益、時間などである。

それ以外で報酬を増減させてはいけない

ただ一点だけ評価の見える化の対象から

外れる評価がある。

昇進評価である。

昇進は業績だけで査定すると

大概失敗する。

何故か?

評価が偏り過ぎているからである。

上司は部下の尻拭い・・・役である。

部下の不振、ミス、怠惰を

どうプラスのエネルギーに変換するか?

自分の業績のみを考えている人間には

その機微がわからない

したがって、業績+人間力の総和

昇進の評価となる。

人間力・・・この査定が難しい。

判断する側に人間力が求められるからだ。


行動・・・

タクシー業界は凄いと思う。

どの車両も動いた軌跡が

記録されている。

営業マンの世界でも

その行動を軌跡化する動きがある。

そこには他部署には理解できない

”動き”が存在するからだ。

営業マンにも言い分がある。

営業はPCに数値を打ち込んで

”はい、答えはコレです”とならない。

何故なら、人が相手だから・・・

文句言うなら、他部署が数字とって来い!

他部署の人間も営業には配属されたくないから

黙るしかなくなる。

内勤VS外勤の終わりなき闘争・・・である。

行動の見える化を推進するには・・・

『営業部の廃止』を提案する

これは営業部門を軽視するのではない。

全員営業の仕組みを作るのである。

そしてひとり3役の世界を構築する。

さらに仕組みで数字が上がるスキームを作る。

営業の不効率、不満感、焦燥感・・・
内勤の不信感、不可解、諦念感・・・

そんな内々でもめている時間は無い

世の中は・・・

人手不足、シニア増加、ボーダーレス・・・

時代が変革している

行動の見える化への意識は

組織の在り方を変える黒船である。


見える化は混沌とした時代で

これからさらに促進していくだろう。

これは誰にも止めることはできない

時代の潮流である。

何を見える化すればよいか?

全ての案件、組織、経験値・・・

着眼してみることである。

そして、重要度と緊急度の両方が

高いところからメスを入れていく。

組織生存への最重要課題である。

可視化した軽快組織が未来を担う!」である。







あの人は凄い人だ・・・

昔からこんな言葉がある・・・

金を残すのは下、
事業を残すのは中、
人を残すのは上・・・と。

金を残すのが下とは思わない。

これはこれで凄いことだと思う。

ただそれだけに後世の人間は

お家騒動や継承問題などで

ゴタゴタすることも多い。

人は死ぬ時には

人生の最終評価をされる。

その際に「凄い人だ!」と言われる人は

何を残すのであろう・・・?



原則を残す・・・

家伝や家訓というものがある。

今でも老舗の企業では残っている。

これは創業の理念を忘れずに

戒めの教訓として脱線防止策として

大きな役割を果たしている。

これらはショートフレーズで

しかも原則的なものでなければならない。

行動指針、思考法、対人姿勢などである。

そこに細々と残されると時代の変遷に

合わなくなり故事となってしまう

今に活きなくなってしまうのである。



人財を残す・・・

いつの世も恩返しは難しい・・・

だから恩送りを心がけたい

その中でも優秀な人財を残すことは

何よりも大きな社会貢献となる。

歴史上の偉人たちをみても

やはりその師の存在が大きい。

人材を人財にするためには

未来を予測予言し
その為に環境を与え
怠惰を叱責し
勉励精励を愛で
課題を与えて世を去っていく・・・

残された人間は鍛えた力で

その課題へ挑戦していく。

”どうしよう・・・”などと

途方に暮れる暇はない

人材を人財にするには

課題を与え続けていく仕組

残すことである。



愛を残す・・・

好きの反対語は嫌いであろうが

愛の反対語は無関心である。

このことから愛を残すとは

いつも見守っている”という

想いを残すことになろう。

ではそのことはどうやって残せるのか?

将来直面する場への備えを残す・・・
周囲に関心を抱いてくれる人を残す・・・
継続して努力していける言葉を残す・・・


残された愛が届くには時間がいる。
 それは想いの仕掛けだからだ。

残された愛を知るには経験がいる。
 それは訓えの実践だからだ。

残された愛を伝えるには縁がいる。
 それは未来への贈り物だからだ。


愛を残せる人は

時を超越する力を持つのである。



人は動物である以上

子孫を残したいという本能を持つ。

しかし、子孫へは命だけでなく

様々なものを残していきたいと思う

父母の想い、師の訓え、友の夢・・・

人はそうして恩送りを繰り返して

生きていくのである。

残された想いに我が知恵のせて
未来に残せ恩送り!
」である。













段取り八分・・・

この言葉は、物事を成功させるには

段取り(準備)が80%
のウエートを

占めるので怠らないように・・・

という訓えである。

なるほど・・・確かに・・・思い当たる節が・・・

上手くいった時は、準備をそれなりに

していたように思える。

さて、この”段取り力”であるが

人材採用の面でも、素養把握として

重視している組織も多い。

では、その段取り力をどう見抜く?


料理
・・・

主宰している異業種交流の会で

簡単な手料理をふるまう。

その際、学生たちに

”○○を作ってみてごらん!”


いきなり振ってみる。

どこを見るか?

味の云々は多めにみるとして

料理を
作っているプロセスを診る

作りながら、頃合いを見ながら、片付ける
・・・

同時に複数のことが出来るか否か?

この感覚は仕事をする上で重要である。

仕事効率、作業効率、時間効率の資質が

垣間見えるのである。

面接などで採用後の伸び代

計る参考のために

試みても良いのかもしれない。


道筋・・・

人に道を伝える能力というのもある。

全く土地勘のない人に

目指す場所へ導くのである。

そこには・・・

”これくらいは知ってて当然・・・”
”あのランドマークは常識・・・”
”あれはわかるだろう・・・”

こう決めつけて、道筋を説明すると

あまり良い結果には結びつかない。

ここで大切なのは・・・

①余計な情報を与えない
②シンプルな道を選択する
③目的地周辺の情報を濃くする

この整理力や伝達力は

仕事の計画性や完遂性を計る上で

力量の真髄が垣間見えるところだ。


宴会・・・

世の新人さんは最初の仕事が

宴会の幹事・・・なんてこともある。

”こんなことするために入社したんじゃ・・・”と

疑問に思うかもしれないが、

その仕事ぶり、手配ぶり、進行ぶり

しっかり上司や先輩達から見られている

本業の前の”見定め儀式”みたいなものだ。

この宴会世話役や幹事役の段取りを

告知から宴会終了までの流れを

俯瞰してコントロールできるか?

告知内容を如何に作るか?
告知ルートをどうするか?
内容の確認を誰にとるか?
当日の開始時刻は?
店側との交渉は?
アクセスマップは大丈夫か?
料理の内容は問題ないか?
食事スタイルはどうするか?
挨拶は誰にしてもらうか?
宴会の盛り上げは?
会費清算は?
帰りの足は?・・・・

宴会とはいえ、かなりのチェックがいる。

この流れを汗水たらしながらやっていると
    ”まぁ、必死にこなしているなぁ・・・”と。

この流れがぎこちなく感じてたら
    ”おいおい、大丈夫か???”と。

この流れがスーと進んでいけば
    ”おぉぉ・・・やるじゃないか!”と

宴会幹事は、最初のプレゼン場なのである。


何故、料理や道筋や宴会で

自分を評価されなければならない?
自分の仕事の成果で評価してくれと

正論である。

でも感じてくることがある。

正論の通し方があると。

それは人はひとりでは生きていけないからだ。

他人との関わりが自分を幸せにも不幸にもする。

自分の独善と他人の非協力が合わさると

間違いなく面白くない世界を作る

仕事は自身の持っているもの

成し遂げていくものである。

その中に、自分のセンスを魅せれる所では

やはり気合をいれて取り組んだ方が良い

段取りでセンス光らせ支持者を増やせ!」である。














占有率、シェアと聞いて何を思うのか?

組織はいつも組織を守ろうとする。

当然である。

その為に売上UP、利益UP、経費削減と

日々奮闘する。

その奮闘のために

違った視点のシェア

考えてみることにする。

キーマンシェア・・・

通常売り上げの占有率が

一般的である。

その業界の全体的売り上げの

何%をわが社は占めているか・・・

しかし、その売り上げは

クライアント単位で見ていくと

それぞれバラバラの売上である。

総売り上げを客数で割って

客単価と言っている。

そこで、自社もしくは自分は

どれほどのキーマン・・・

すなわち発注決裁者

つかんでいるか?ということである。

決済出来る裁量権を持つ人物の占有率

そこにフォーカスした動きをするだけで

随分仕事の質が変わってくる

もちろん窓口である起案責任者にも

十分な配慮がいる

ただ起案責任者を決済責任者と

勘違いしてプレゼンしているケース

意外と多いのである。

CRシェア・・・

カスタマー・ロイヤリティ(Customer Royalty)のことである。

カスタマー・サティスファクション(CS)は

皆よく耳にする。

CS、CSと社是にしているところも多い。

サービスとは何か?

それは顧客満足度を高めること。

昨今、この意識立てが

通じなくなってきている

何故か?

消費者、カスタマーの求めが

厳しくなってきているからである。

このくらいのサービスレベルと

如何に自負しても、

消費者がピクリとも動かない

ではCRとは何か?

ロイヤリティ・・・忠誠度である。

1度目に来たお客様が

2度目に来てくれた・・・これは嬉しい。

問題は3度目来てくれるか?

人間の心理として3度通えば

・・・『馴染み』である。

馴染みは商品だけでは生まれない。

そこにはもてなしの妙味がいる。

馴染みの占有率・・・これがCRシェアである。


転用シェア・・・

聞きなれない言葉だと思う。

これは売り上げを上げようと

奮闘努力をしている。

でも売れない。技術はあるのに・・・。

日本は今でも技術大国である。

しかし、凄い技術を持ちながら

業績は上がらない。

別の業界、別のマーケットに、別の国に・・・

そこに行けばすんなりと食い込める

ブルーオーシャンの市場

待っているのである。

東大阪の事例は有名だ。

ハンダ技術は凄いのに日本で売れない。

じゃ、アメリカで・・・

大手の受注がわんさか・・・

何なのか?

それは価値観の認識差である。

未知の分野や市場を見つめてみれば

そこには新規参入者としての

シェア勝負のステージが待っている。

売れるところに持っていく!
高く買ってくれるところで売る!
価値を認めてくれるところで歩む!



ひとつのところで、悶々としているより

自社を、自分を認めてくれるところ

生きていった方が幸せになれる。

それは逃げではなく、方針変換である。

その価値観への柔軟性

何よりの生き残り最高の武器になる。

売れぬなら、目先発想動きを変えよ!」である。
























色々会合が多くて忙しい・・・

よく聞くフレーズである。

人は縁を保つために

気を遣い・・・
努力し・・・
時間を費やす・・・

世の中は一人では生きられない。

為に人とのつながりは大切・・・。

世捨て人ならいざ知らず

ほぼ皆この縁の中で

営みを続けている。

ところで、人が集まる動機とは

いったい何であろうか?

義理・・・

義理と人情計りにかけりゃ
   義理が重たい男の世界
・・・ 

高倉健の「唐獅子牡丹」のフレーズだ。

時代錯誤だ、男の言い訳だ、生きた化石だ・・・

まぁ、確かに21世紀の御代には

多少無理があるかもしれないが・・・。

ところが、今もこのフレーズは

脈々と活きている

特に組織を率いているリーダー層

なかなかスルー出来ないものである。

確かに村社会の発想である。

しかし、自分が御せるコミュニティは

そんなに広くない。

村みたいなものだ

そして、その義理堅いことは信頼信用

繋がっていくからおろそかに出来ない。


友情・・・

なんとなく一番ピュアな縁と考える。

まず、友と言える人間が

我が身のそばに居るかだ?

幼き頃からの友・・・
年をとればとるほどその歳月が
愛おしく思えてくる。

戦い続けてきた友・・・
あの人がいたから今の私は在る。
ライバルは主題を共有してきた
友であるに違いない。

一緒に時を過ごしてきた友・・・
楽しきことを共に楽しみ
苦しきことも共に乗り越え
そしてまだ今もそばにいてくれる相方
羨望を覚えるほどつながりである。

友情には時間軸が要るのである。

どこかで、もしくはずっと・・・

何かを共有した時間が友情を育む

友の誘いは断りにくい。

さらっと断れるのは友でない。

知人である。

友との縁はいつまでも大切にしたい。


打算・・・

集いの縁はこれが一番多い

言葉だけをみると何か邪な雰囲気があるが

そうではない。

人は自らの行動に意味を求める

義理や友情もそうだろう。

しかし、何らかの生業をもてば

人はそこで生き抜かなければならない。

行動に”益”を求めるのは当然である。

問題はその行動の姿である。

打算だけというのは味気ない

全面むき出しの姿は醜い。

そこにはスパイスが欲しい・・・

そのスパイスとは

粋、伊達、艶、心意気、ダンディズム、ユーモア・・・

結果、縁ありてビジネス上のつながりが

生まれたとしてもその縁は洒落ている

それが続けば義理にもなり

友情へもつながっていく。


義理も、友情も、打算も・・・

縁を生み、縁を育み、縁を深める

要は縁を良縁に出来るかである。

良縁は・・・

共存共栄、切磋琢磨、融通無碍・・・

そんな関係をいうのであろう。

集いの縁、己のセンスで良縁築け!」である。




















伝えたことは伝わっているのか・・・

簡単なことを難しく伝えるのは”簡単”である。

しかし、

難しいことを易しく伝えるには・・・?

難しいことの背景には

様々な基礎知識がベースある。

その基礎知識さえ理解出来ていないと

難しさを通り越して

言語さえもわからなくなる・・・

どうする・・・?

表現力・・・

プレゼン風景に例えてみる。

他人に理解してもらうためには

”形”にして見せなければ届かない

図にして、グラフにして、事例を出して・・・

それでも足りない。

語る口調、表情の変化、言葉使い・・・

それでも足りない。

投げかけ、対話、気遣い配慮・・・

表現力と一言でいっても

具体的な道具なり、資料なりを揃え

自分自身のプロデュースを行い

相手への気配り気遣いも忘れず・・・

資料をポーンと渡すだけだったり

口頭だけで相手の理解力頼りだったり

スライドをスライドするだけだったり

それでは相手に届かない。

自分の意思や主張を伝達するには

それなりの準備が要る。

それを怠ると機会損失を招いてしまう。

表現力を磨くには

今持つ素養のブラッシュUPが必要である。

その成否で道が分かれるからである。


翻訳力・・・

英語を日本語にする翻訳機能がある。

サイトを見ていると

<和訳しますか?>と投げかけてくる。

クリックしてみると

”・・・なんだ、これは???・・・”となる。

日本語を日本語に翻訳する場合も

なかなかすんなりといかない。

自分は普通に使っている言葉

相手にしてみれば・・・???となる。

その意味を問い返せる相手ならいいが

知らなくてもうんうん頷いている自分・・・。

主眼とはならない箇所だと救われるが

本論の箇所でそれが起きると

大変な結果が待っていたりする。

翻訳力は、

情報の取材力、解析力、抽出力が必要である。

主題に対してあらゆる角度からネタを拾い

それを整理していき、本旨を引っ張り出す。

そうして得たものを第3者に届ける場合

なおさらこの作業が必要となる。

翻訳品質を上げるには

メモ取り、質問、論理立て・・・

ここの技量を磨きあげることだ。


平易力・・・

出来るだけ・・・

難しい漢字表現。
カタカナ表現。
抽象的表現。

これらを極力排除することが

平易力を高めることにつながる。

この平易力は特にビジネス上には

欠かせない能力である。

ロジカルに・・・
数値的に・・・
具体的に・・・

ビジネストークの基本である。

但し、言語明瞭意味不明となっては

本末転倒なので、

話の骨子や主意を明確に

することが何よりも重要となる。

余計な修飾語も伝達を阻害する。

その分、表現の仕方、わかり易い内容で

話を相手に届けていかなければならない。


自分の意思や思いが相手に

届かないのはつらいものである。

しかし、届けられてない自分に

意識を向けた方が良い。

相手の理解力や把握力の無さ

指摘するのはやめた方が良い

自分の主張や考え方を粗末に

扱うことにつながるからだ。

天に唾する行為となる。

伝達は、言語シンプル主旨明瞭!」である。