自考能力開発講座2
Historical Idea
なぜ、三国干渉は起こったのか?

日清戦争は、ある意味日本が
国家としての世界デビューでもあった。
では、何のデビューか?
それは国益分捕り合戦である。
戦争は立場によって
様々な捉え方をされる。
終戦記念日を間近に控え
毎年、自衛だ!侵略だ!と
繰り返している。
日本がこの戦争に踏み切ったのは
背景にロシアの存在があったからだ。
これが一番大きい。
この意味でいくと自衛だろう。
しかし、あわよくば・・・ついでに・・・
中国領土での権益の確保・・・。
国家運営の中で、この意図が
全くなかった・・・とは思えない。
眠れる獅子と言われた清国。
内情は、統治機能不全で
列強の割譲・租借地という名の
侵略を受けており
国力は極めて低かった。
こんな状況であったから
日本は戦争に突入したのである。
結果は日本の戦勝。
そして講和。
下関条約(馬関条約)となる。
その条約の領土と賠償金に
ついて触れておく。
まず領土に関して。
・遼東半島
・台湾及び周辺諸島
日本側へ譲与。
賠償金に関して。
・約3億6000万
当時の日本の国家予算は
約8000万程度。
ここで起こるのが三国干渉である。
ロシア・フランス・ドイツの口出しである。
まずロシア。
宿願とも言うべき不凍港の確保は
南下政策の優先課題であった。
その為に戦略地域である遼東半島を
清が日本へ割譲することは看過できない。
そしてフランス。
この共同条約によって
欧州でのロシアとドイツの緊張緩和に
つながれば、フランスの危機回避の
一環につながる。
最後にドイツ。
ロシアとフランスが仲良くなられると
その間に位置するドイツは
挟み撃ちにあってしまう。
国家戦略として両国に絡まなくては
危険な状況を生み出してしまう。
すべて自国の国益を最優先した思惑があった。
しかし、元来外交とは武器を持たぬ戦いである。
あらゆる謀略や企みがあってのもの。
戦勝したとはいえ、戦後の日本は
疲弊している。
しかし、この交渉で遼東半島を返したことが
後々に大きな障壁となってくる。
二○三高地…耳にしたことはあるだろう。
この高地は返還した遼東半島にあるのだ。
後進国を戦わせて、双方が疲弊しきった後に
果実をサクッと奪っていく。
戦わずして勝つではなく
戦わして勝つ戦略発想であった。










































