
今回は「心のあり方と国の関係」についてです
「国の乱れは心の乱れから」といわれるように、国家や社会はそこに住む人々の心が反映されるもので国家の安寧には人々の心の安寧が欠かせません
人を幸福にするのは心の向け方一つでもあり、心のあり方(心の持ちよう)によって人の生き方や運命までも変わるものです
「日本の国はうやらすのくに」とはどういうことか、今回は心について「一霊四魂」という見方や、神様がよく仰る“最も注意すべきこと”などについてお伝えしていきます
「日本の国はうらやすの国」
おごそかにたもたざらめや神世より
うけつぎきたるうらやすのくに
これは明治天皇が
お読みになられた御製であり
「神の代から受け継がれてきた神聖なこの国を厳かに守り伝えていかなければならない」
という意味が込められています
「うらやすのくに」とは
日本国(やまと)の美称として
古くから用いられ
「うら」は心
「やす」は安(安寧・安泰・平安など)
を意味し
「人々の心安らぐ平和な国」
という思いが込められています
私たちの「心のもと」は
神様から分けいただいた魂にあり
ますます進み開いていく
「勇」のはたらき
神とも人とも親しく交わり
感謝の気持ちで和む
「親」のはたらき
愛(めぐみ)深く
天地に生きとし生けるものを育む
「愛」のはたらき
感覚や観察を深めて
ものごとの道理を見極めて神をさとる
「智」はたらき
があります
しかしながら
お互いを尊び高め合うのではなく
勝つことや
相手を非難成敗することが
正義のようになってしまっては
人の心に歪みや拗けが生じ
「驕り」「嫉妬」「不平不満」
などの想念が生み出され
それはやがて社会的不和や
混乱を引き起こします
私たちは千差万別に
それぞれがちがう心・魂を
持っていることを忘れてはなりません
相手の心を知った上で
分かり合おうとすることを
「言向け和す(ことむけやわす)」
といいます
神代から受け継がけれてきた
この国が「うらやすのくに」
であるために
見栄も負け惜しみもないらない
ものを学ぼうと思えば
ただ素直に謙虚に清らかに
敬いと慈しみの
心と態度を持ち
いつも朗らかで純真な
生まれ赤子の心のように
ありたいものです
〇「うらやす」とは
少し細かく見ていくと、
ウの言霊には「生まれ出る」
ラの言霊には「場」
という意味合いがあります
同じように「うらなう」とは自分の心を調べることをいい、「うらはら」「うらぎり」「さかうらみ」などはどれも心に関係する言葉であり、
よく定番のシチュエーションとして幽霊が「うらめしや〜」と出てくるのは、肉体がなくなっても“心残りがある”ということを表しています
「やす」というのは「安」が持つ「やすらか」という意味から「心が穏やか」「落ち着いている」という状態のことをいいます
「うらやすく」というのは「心安く(心が安らかである)」ということで、「うらやすの国」は一般的に「浦安の国」という字が用いられますが「心安の国」とも表すことができます
※ちなみに千葉県「浦安市」の由来は明治22年(1889年)の三村合併の際、それまでの「堀江・猫実・当代島」の漁師町が「海辺(浦)が安泰(やすかれ)」であってほしいという願いを込めて名付けられたそうです
「うらやすの国」という言葉通り人の心のありようと国家や社会は表裏一体の関係にあります
心に花の開くとき
天地四方に花開く
心に凩(こがらし)荒ぶとき
世界にも凩が吹きまくる
ともあらわされます
さて現代はどうでしょうか

どんなに物質的に豊かになっても地位、名誉、財産、外面などに執着して日夜闘争にしのぎを削ったり、
足るを知らず我欲のままに欲したり、承認欲求に振り回されたり、ものごとを損得だけで判断したり、
勝ちにこだわらなければならず、「相手が悪い」と非難するか「全部自分が悪い」と自身を責めてなじるかし、
常に悩み・緊張・不安・心配・ストレスに苛まれて生きるのは苦痛なものです
それよりも、
自分のできることで人に有難いと思ってもらえることを成したり、天地や人の為に力を尽くしたこと、その気持ちよさや喜びというものが人としての宝になるものです
現代社会の状況に鑑みて、私たちは今一度「うらやすく(心安く)」という心のあり方や精神的なものについて目を向けなければなりません
〇なにを「心」とするか
そもそも
「心」とはなんでしょうか

ここでは心を「一霊四魂」という見方から簡単に説明していきます
まず伊都能売神諭に
・天津御祖神(宇宙創造主・宇宙根源神)は人々に各自四ツの魂を授け給ふ。即ち荒御、和魂、幸魂、奇魂(一霊四魂)これなり。
・四魂(荒魂、和魂、幸魂、奇魂)は人心の基なり。心には五情あり、即ち省る、耻る、悔る、畏る、覚る是なり。
とあります
※文献によっては「天津御祖神」は「天之御祖神(あめのみおやかみ)」など様々な御神名で表記されております
神は一霊四魂を以て心をつくり、私たちの肉体にはその心(一霊四魂)が与えられています
そのため、霊(一霊四魂)を守るのは肉体であり、肉体を守るのが霊であるという関係にあります
「一霊四魂」とは荒魂、和魂、奇魂、幸魂の四魂(即ち勇智愛親のはたらき)と、それを主宰する一霊(直霊・直日)のことをいいますが、
これらは別々にあるのではなく、その時々の魂のはたらきを言い表したもので元は一つです
そして心には五情(省みる、恥じる、悔いる、畏る、覚る)のはたらきがあります
一霊
すべての霊魂はもとを辿れば天津御祖神様とつながっていますので、神の分霊として霊魂(心)の正中に惟神の軸を建てる、また永遠に魂の生命を守る糧となるために、一霊にはいわゆる過失(罪科)を未然に防ぐはたらきがあります
荒魂:「勇」が主体の心
勇気を振り起して進む、果敢に実行する、困難に遭うも奮い立つ、勉強努力を怠らない、誘惑などに打ち克つ、などのはたらきがあります
和魂:「親」が主体の心
平和のために身や一家を治める、人や国々と親しく交わり貢献する、言霊に留意して常に感謝の気持ちをもつ、神と人と結び交わって与えられた役割を実行するはたらきがあります
奇魂:「智」が主体の心
智慧により物事を正しく判断する、巧みに行う、鋭くそして深く広い感覚や観察力で神や天地自然の摂理・道理をさとり、心の闇を照らして外道・邪説を看破するはたらきがあります
幸魂:「愛」が主体の心
農家さんが雑草や害虫、夏の暑さや冬の寒さから作物を守り育てるように、両親が子どもを産み育て社会で活躍できる成人に育てていくように、一切のものを大事する、めぐみ深く生成化育するはたらきがあります
五情
心には「省みる、恥じる、悔いる(悔い改める)、畏れる(天地への畏敬の念)、覚る(正しく覚る)」の五つのはたらきがあります
心に五情があるのは己の心を清め、自分の足元を正し、神から与えられた永遠の生命を保つためでもあります
人には歩むべき道があり、行き詰まるときは省みる時を与えられ、省みることで道を見出し、正しく覚ると道がわかり、改めると道を進み、恥じることで争いとならず、天地を畏れれば神・宇宙・天地自然の道理に逆らわずに弥栄することができます
同じく伊都能売神諭には
・神心とは忍耐勉強の心なり、亦た智愛勇親の全き心なり。
とありますので、
人の霊魂も尊い神の分霊である以上は、心の底から掃除をして、神心にならって心を活用していくことが大切です
そして四魂の活用を「徳」ともいい、「うらやすの国」には欠かせない要素となります
〇最も気をつけるべきこと
心のあり方について
最も気をつけなければならないことはなんでしょうか

それは
ということです

社会的な不調和や混乱の根本原因は主に人々の心に生じた驕慢心からだといわれています
「驕り」や「傲慢」が出ると心に曇りが生じ、やがて慢心、嫉妬、不平不満などのネガティブな想念を生み出し、それは周囲にも影響を与え、やがて本来の自分自身をも見失うことにつながります
今の世の中はとりわけ成績・評価づけされることや競い合うこと、比べることが当たり前になっていますが、
本来私たちはそれぞれ別々の身魂をもっていて、それぞれが心・思念・こだわりといった、いわば“宇宙”を持っています
一人ひとりがそれぞれ別の“宇宙”を持っているため、自分とは近しい宇宙(心・思念・価値観など)を思い描く人もいれば、全然ちがう宇宙を持っている人もいます
それを理解すれば、相手を尊重する気持ちはあれど、本質的にはその時・その時代の価値観や誰かの価値観で評価・判断したり、比べ合うものではないことがわかります
今の世の中は自分の心身を修めることはおろそかでありながら、地位や名誉に執着したり、他人のことに関心を持ちすぎる傾向にあります
自分自身の内側を見ようとしないため、その分外側や他人にばかり目がいってしまうのです
「うらやすく(心安く)」あるためには、驕りや慢心を諌めて、常に謙虚な気持ちを忘れないことが肝心です
また、世界は日々刻々と変わってゆく中で、例えば“従来の価値観”などに心が固執してしまうと思いもよらないことが起こった時に対応できなくなってしまうので、
最後に
心については「こういうものである」「こうでなくてはならない」というような断定や決めつけは封印や呪いになってしまうため決してできませんが
「こういう思想もあるんだ」「このような見方もできるんだ」「こういうはたらきもあるのか」といった感じで、少しでもまなびや“宇宙”を広げるきっかけになれば幸いです
引き続きこのブログでは、魂のまなびや“宇宙”を広げていくような情報をお伝えしていきます

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