
今回は「位相」についてです
日常の人間関係では、同じ出来事を見ているのに受け取り方や行動が食い違うことがよくあります
話が合う人もいれば、なぜか話が噛み合わない人もいます
なぜこのようなことが起こるのでしょうか

今回は
「位相の違い」という観点からお伝えしていきます

〇位相とは
位相は、一般的に数学や物理で使われる専門用語として知られていますが、今はビジネスや言語学などでも使われている言葉です
位相をわかりやすく言うと、
その物事や人が、どの位置・立場・状態・段階にあるかをあらわす概念です
実際に目には見えにくいもの(見えないもの)を捉える際や説明する際に役に立つ言葉です
人はこれまで経験してきたことや、得てきた知識・情報量、性別や年齢、人生の目的、感情の状態や物事を見る時間軸などがそれぞれ違います
さらに深堀りすると、これまで人間の心や自我は脳の働きによってのみ作られ、心のうちや霊魂(みたま)などは“目に見えないので物質的にはないもの(証明できない不確かなもの)”とされてきましたが、
口から発せられる言葉は見えないけれど“ある”のと同じように、目には見えないけれど霊魂というのは実際にあります
目に見えるものばかりに囚われていると本質を見落としがちですが、例えば一括りに「神」といっても神様にも位(くらい)やそれぞれ段階の位相があるように、霊魂には高い想念段階から低い想念段階まで整然とした秩序や序列というものがあります
その人の霊魂がどの想念段階、霊的な階層・立場・位置・配置・状態にあるのかによっても思想や思考、言動は変わるもので
それにより人はそれぞれ違う価値観・世界観を持っています
同じ本でも読む人によって印象が違ったり、同じ出来事でもそれに対する解釈・対応・受け取り方が人それぞれなのは、
しかしながら、
実生活における人間関係の上下関係と位相の高さは必ずしもイコールではありません
職場関係や家族関係、友人関係における問題は、この「位相の違い」から生じる場合が多くあります
位相は「高い・低い」で表現されることがありますが、
例えば、私には権力があるから、他の人にはない高い能力(技能や霊能力)があるから、お金が沢山あるから、
「だから私に従いなさい」という人や、「〇〇しないとこうなるよ」と恐怖心を煽って人を操ろうとする人がいれば、
それはどんなに世間一般では「すごい」とされていても位相が低いことが分かります
また、「徳を積む生き方」は一見すると位相が高そうですが、
もしこれが「自分のメグリ(因果や罪)を取るためだけに徳を積むようなことをしよう」とか「善い行いをすれば未来の自分が得をするから」などといった
自分本位や利己的なものならば、それはとても位相の低いものになります
位相の高い人ならば「徳を積もう」などとは思わずとも自然と言動や思想、生み出すものに想念段階の高さが現れるものです
〇位相の違いについて
人間関係において位相の違いは、意識の違いとして現れることがあります
例えばある人が
「私の生活はとても満たされている」と感じているとします
しかし、Aさんからみれば
「あなたの暮らしは貧しい」
Bさんからすれば
「とても充実している」
Cさんからしてみれば
「少し贅沢すぎるのでは」
と、それぞれが思い描く想念の世界があるように、位相によって見方が変わります
しかし、ここで注意すべきは
これまで自分の生活は“満たされている”と感じていたにもかかわらず
「Aさんが貧しいって言ってたから、私の生活はまだまだ豊かではないんだわ」
とか
「Cさんが贅沢って言ってたから、私の生活はいけないんだわ 」
と、
誰かの言葉を鵜呑みにして自分の意識や状態がころころと変わることです
「どのくらいあったら豊かなのか」「なにがよいものなのか」は人それぞれであり、考え出したら際限がありません
なので、人の位相によって変わることは、実はとてもおかしなことであり、また危険なことです
私たちの生活の中にはメディアや広告を通して
「このくらいあったら幸せ」
「これができたら幸せ」
「これを持っていれば一人前」
「一生に一度はこれをすべき」
「豊かさとはこういうものだ」など、
一種のステータスのようなものが刷り込まれていたり、洗脳のように幸せや豊かさの基準・価値観というものが植え付けられていることがあります
誰かに言われて、何かで見て、自分を省みることは大事ですが、
常に「自分はどうなのか」という自己判断と、他に左右されることなく「私は十分に満たされていて幸せです」と言える・思えるような、しっかりとした自分の軸を持つことか重要です
〇「話が噛み合わない」理由
位相の違いによって同じ出来事を見ていても世界の捉え方が違うことを説明しましたが、
例えば意見が対立した場合、実は単なる意見の違いではなく
・そもそも何を問題として見ているのかが違う
・想念段階によって問題を捉えている視点が違う
場合があります
わかりやすく言えば、自分が損をしない、相手に勝ちたい、他人からどう見られるかを基準にしている人と、
全体的な視野を持ち、長期的な視点やより根本的な部分から考えられる人では、そもそもの前提・価値観・意識の向いている方向があまりにも違います
想念する世界・位相が違いすぎる人とは共に思い描く世界が一緒にならないので、
「話が通じない・噛み合わない・そもそも話にならない」ということが起こり得ます
意見が対立した時、まずは「それぞれ何を目的に、どの時間軸・範囲・立場・想念の段階からみているのか」を確認することが大事になります
位相の違いは「どちらかが正しい・間違っている」と決めつけられるものではありません
それよりも、「自分と相手では見ている世界の座標が違う」くらいに捉えるほうが現実的かもしれません
〇位相の違いと「立ち位置」を知る
これまで説明してきた通り、
現世では様々な位相の人がごった返しの状態になっています
位相の高さに関係なく、年功序列であったり、権力、地位、名声、名誉にしがみつく人もいます
その結果、上に立つ者でありながら位相が低いことで、下の者が本来の力を発揮できない・突き抜けるのを阻害されてしまう(低い位相に閉じ込められてしまう)ことがよくあります
これは現代社会における人間関係のトラブルや悩み、辛さの大きな要因にもなっています
ただし、気をつけなければならないのは
「位相が高い=偉い人」「位相が低い=劣った人」という意味ではありません
「お金を沢山持っているから私はすごいんだ」と思っている人はそういう位相なので、傍から見ればだいぶ低い位相に見えても、
その人はその上の位相を知らないので、その人にとってはその位相がよいもの(弥栄)なのです
※万が一「私はあの人より位相が上だから私のほうが偉い」なんて思ったら、その時点で位相が低いです(争い・カースト・差別になることが低い位相なのです)
あくまでも比べる必要はなく、
「身魂相応に人それぞれの位相がある」ということを知っておくことが大事なのです
※この場合の「身魂(みたま)」は“霊・肉体共に”というような意味合いです
私たちには本来、
霊的目線からの霊魂(本霊・魂)の立ち位置と、
現世における立ち位置(職場などリアルに身を置いているところ)
があります
天地自然の摂理からしてみても、本来は上から位相の高さが順に整い、適材適所に配置がなされていれば、下の者は自然とより高い思想をまなぶことができ、物事は円滑に進むものです
しかし、今の世の中では人の正義も価値観もそれぞれだからこそ、まずは「位相の違いがある」ということを知り、その上で人がどうこうというよりも
まず「自分の立ち位置(霊的・現世的)はどこなのか」を確認していくことが大事になります
低いものに囚われるのではなく、気づいた人から意識を変えて、自分の立ち位置や役割を意識しながら、より高い思想をまなび、思考してよりよいものを生み出していくことが肝要です
より高い思想というのは、日本人ならば高天原に通じる霊性さ(精神性)であるように身魂を鍛える・整える考え方のことです
そのような人が増えていくことで、世界は新しく耕されていくのです
今回は長くなってしまったので読み聞かせ出来るお話はありませんが、これからもわかりやすく魂のまなびをお伝えしていきます

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