
今回は「お盆・地獄の釜が開く」についてです
夏の暑さが本格的となり、これからの季節は各地でお祭りや花火大会が開催され、お盆に合わせて帰省する人も沢山います

お盆の時期は「地獄の釜が開く」とも言われ、古くから帰省や休日が与えらたり、あの世とこの世がつながりやすくなる期間ともいわれています
お盆を通して日本の伝統や
「地獄の釜が開く」とはどういうことか、などについてお伝えしていきます

「心をつなぐ 日本のお盆」
蝉しぐれが響く頃、今年もご先祖様をお迎えするお盆の季節がやってきます
お盆はご先祖様の霊が家族のもとへ帰ってくるといわれ、迎え火や盆提灯を飾ってご先祖様をお迎えし、家族揃ってお墓参りをしたり、お供え物をしておもてなしをします
地域によっては盆踊りや灯籠流しが行われ、夏の風物詩である花火も、昔から亡くなった人の霊をなぐさめたり、音と光で悪いものを追い払う力があると考えられてきました
お盆の最終日、京都ではご先祖様の霊を送り出すために「五山の送り火」が行われ、夏の夜空に輝く「大」の字などは、お盆しめくくる大切な行事として今も受け継がれています
昔からお盆は「地獄の釜が開く」ともいわれ、地獄の鬼たちも仕事を休むとされて、古くから地上の人にも帰省や休日が与えられました
また、この時期はあの世とこの世が近くなる特別な期間ともいわれています
人は心の持ちよう一つで天国的な想念にも、地獄的な想念にも接することができるので、この時期は低い想念に心を引っ張られないように気をつけなければなりません
お盆は、家族やご先祖様とのつながりを感じ、生命の大切さや感謝の心をあらためて考える日本の大切な伝統行事です
明るく穏やかな気持ちでお盆を迎えるように心がけましょう
◯お盆の風習と伝統
お盆は、日本古来の祖霊信仰と仏教の教えが融合した行事とされ、別名「魂祭り(たままつり)」とも呼ばれています
多くは8月13日から16日に行われますが、地域によっては7月13日から16日に行うところもあります
一般的には13日に迎え火を焚いてご先祖様をお迎えし、16日に送り火を焚いて感謝の気持ちとともにご先祖様をあの世へお送りします
仏式では読経、神式では祝詞奏上が行われ、
祖先の霊に感謝し(供養し)、家族の健康や長寿を祝う期間として大切にされています
また、夏の風物詩にもなっている盆踊りや花火大会、灯籠流しなども、元来亡くなった方の魂を慰める「鎮魂」や「慰霊」の意味が込められて行われてきました
江戸時代の飢饉犠牲者の供養に始まった隅田川花火大会や、戦争犠牲者への祈りを込めて打ち上げられる長岡花火の「白菊」などは、平和と追悼の象徴とされています
また、京都の伝統行事「五山送り火」は、一般に「大文字焼き」とも呼ばれ、施餓鬼やご先祖様を再びあの世へ送り出す儀式として行われています
このように、お盆は日本の夏の大切な伝統行事として今も多くの人に受け継がれています
忙しい毎日を過ごしていると、いつしか自分の努力だけで今日を生きているように思いがちですが、私たちは誰しも祖先が歩んだ歴史の上に生活しています
「なんとなく、そういうものだから」といって曖昧に行うのではなく、今一度お盆の時期を通して私たちの中に流れ、根付深く生きている民族性の尊さについても目を向けてみてはいかがでしょうか
◯「地獄の釜が開く」とは
お盆の時期に
「地獄の釜(の蓋)が開いてこの世とあの世の境が近くなから、海や川に入ると引きずり込まれるから気をつけなさい」
と、言われたことはないでしょうか?
昔から1月16日と7月16日は閻魔大王も裁きを休む日である「閻魔賽日」と呼ばれ、お盆の時期(旧暦・または新暦の7月16日や8月16日)は地獄の釜の蓋が開いて鬼たちも休むとされています
この時期は
「藪入り(やぶいり)」などとも呼ばれ、古くは住み込みの奉公人や丁稚が年に少ない帰省や休暇が与えられるなど、
“仕事や家事を休んで骨休めをする日”とされてきました
この時期「海や川に入ってはいけない」というのは、ご先祖様を丁寧にお迎えするためや、台風やクラゲの発生時期と重なり、水温が下がり始める土用波(どようなみ)と呼ばれる突然の大波が発生するなど、
水難事故のリスクが高まることから“お盆時期の海や川は危険だ”という言い伝えにつながったとも言われています
また「地獄の釜が開く」時は、地獄のみならずらずあの世とこの世の境がゆるみ、亡くなった人々の霊が行き来しやすくなるように、
「あの世とつながりやすくなる 」ということでもあり、この様な期間は上の神様たちも動きやすくなりますが、下の方の者たちまでも同様になります
なので
「地獄の釜が開いて連れて行かれる」
というのは
「精神的な支柱(いわば内なる神性の軸)がなく、地獄につながるような低い想念でいては連れて行かれる(魂が喰われる)から危険ですよ」
という警告とも受け取ることができます
※だからといって怖がる必要はありません
私たちはみなこの世で肉体をもって生きていながらも、
心次第で上から下まで限りない想念段階に接することができます
なにか「危ないな」「なんかイヤな感じがするな」「意識が下の方とつながっているな」「連れて行かれそうだな」と感じたら、御神縁のある神様や崇敬している神様(心地いいなと感じる神社の神様など)の御神名を唱えるだけでも意識を切り替える効果があります
お盆の期間のみならず、私たちは常日頃から
「どの神様とつながりがあるか」「心がどの想念段階の世界とつながっているか」を意識することが大切です
◯“地獄”について
話はそれますが、少し“地獄”についてお話しますと、人は亡くなるとその時の想念の世界に住むことになります
霊界(あの世)には無限の段階世界があり、同じ段階には同一の想念をもつ霊人同士が住んでいます
なので地獄的な想念段階の世界に住む者にとってはその世界がよく、上の段階世界こそ辛い世界(存在し得ない世界)ですので、自分のいる段階世界が天国ともいえます
そのため本質的には“地獄”はないのですが、中間世界から見れば上は光明の天国的世界に見え、下は暗黒の地獄的世界に見えるため、地獄的な現れは生前・生後・死後にもあり得ます
地上(この世)では、人は心に限りない想念段階を持って各々の世界をつくりだしていますが、
今の世は、地上世界全体が「我よし」「争い」の地獄的想念の世界にまで落ちているといわれています
そのような中でも、
この世を天国として暮らす人、より高い想念をまなぼうとする人(身魂を磨いていく人)、少しでも自分の出来ることでこの世を天国のようにすべく活動する人は死後も天国的な段階世界へいき、
反対に、地獄的な想念な人は、地獄を生み出し、死後も相応の世界へと自ら向かうことになります
今の世では、家族の中でも想念段階が上から下までバラバラなことも多いものです
家族・友人でも想念段階が似ていれば心地よく感じますが、違いすぎれば「正直しんどいな」と思うこともあると思います
お互いの想念世界が違うことを理解し合った上でうまくやれればよいのですが、家族だからこそ甘えがあったり、意固地になったり、感情的になったりと、そう容易なものではありません
自分の家族やご先祖様と向き合う時、誰しもがみな人格者(天国的想念の人)であるとは限りませんので、その時は「反面教師」にしても構いませんし、肉親の言動に呪われ続ける必要もありませんので、
まずは自分の中に確固たる軸を持つことが大事になります
お盆の時期は祖先を敬い、そして同時に自分はどう生き、どう日本を継承していくのかについて改めて考えてみてはいかがでしょうか

次回も、魂のまなびになるような情報をお伝えしていきます

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