春のうたげが開かれる、海浜公園を満喫したあとは、
バスで那珂湊を経由し、「大洗磯前神社」へ向かいます。
*その2~海浜公園のポピー~はこちら。
ここに行きたかったのは、海の中に立つという鳥居を
見たかったから。
荒波の岩場の上に立つ、「神磯の鳥居」。
まずは、国道をまたぐ一の鳥居、ついで神社の入口に立つ
二の鳥居をくぐり抜け、石段を上がって本殿へお参り。
潮風抜けて。
木のぬくもりがそのまま伝わる、由緒正しい神社です。
観光地というよりは、地元の方々に「大洗さま」と愛される
昔ながらの神社という出で立ち。
江戸初期の建築様式がそのまま残されているんだとか。
一通り神社の木漏れ日の中を歩いたあと、
いよいよ「神磯の鳥居」を見に行きます。
上ってきたときには気づかなかったのですが、
石段の上からは、青い青い水平線がくっきりと見えていました。
神磯に降り立つ。
太平洋の波がくだける、大洗海岸の岩場のなかに
ぽつりと立つ、白く神々しい鳥居です。
さほど大きくはないのですが、その存在感はひとしおで、
それでいて海と溶け合うようにひとつに存在している様子が美しいです。
鳥居が描く直線と、水平線を定規のように合わせてみると、
より一層、その混ざり合う感覚が生まれるような。
渦巻く。
岩場はでこぼことしていて、何とか足場を
確保しながら、鳥居に近づきます。
岩の隙間に波が入り込んで、白い飛沫を立てる。
この日は少し風が強くて、波も荒れていました。
海岸線が岩をかたどって、ずっと先まで続いていきます。
黒い使者。
少し色味を変えて撮っていたら、
一羽のからすがサッと空を横切って、鳥居の端に着地。
その姿もどこか神々しく、何かの使者のようにも見えます。
…人と同じく、ただ海を眺めに来ただけかもしれませんが(笑)
さらに鳥居に近づくと、目の前で波がはじける様も
見ることができました。
その姿は優しいだけではない、荒々しさを呼び起こします。
砕ける。
ここに鳥居が建てられた理由ですが、
もうずっと昔に、この場所に大祭神が降臨されたそうで。
この降臨の地を「神磯」と呼び、鳥居を建てたそうです。
空からやってきたのか、海からやってきたのか。
気づいたら岩場に立っていたのか。
どんなふうに神様はやってくるのでしょうね。
しばらく、大洗海岸を散策。
岩場を降り、少し海から離れると、小石がごろごろとした磯浜に出ます。
こんなに視界の開けた海を、何もせず眺めるのはとても好きです。
あこがれ。
音楽を聴きながら、波ができて散る様子をぼーっと観察したり、
ごうごうと鳴る風の音にも耳を澄ませたり、
一面の青にただ心を奪われてみたり。
決して生産的な時間ではないと思いますが、
凝り固まった何かがゆっくり、自分の内で位置を変えて
それが心地よい場所に徐々に収まっていく感じというか。
またそれが、明日からの生きる気力になるような気がして。
静かなパワーをもらえますね。海は好きです。
Y字。
地面から突き出た流木がY字をまっすぐに海に向けていて
面白かったので。
何を呼んでいるんでしょう。
divide.
満潮のときの海面の高さを知るための棒でしょうか…。
まっすぐに伸びる姿がとても気持ちよかったので。
このくらいのスペースに縦線が引かれた講義用ノートを
使っていた記憶がよみがえりました。
ひとしきり、ボーっと座って何も考えずに時間を過ごしたり
ごつごつした岩場を、バランスを取りながら歩いたりして
海を満喫したあと、バスで大洗駅まで戻りました。
大洗神社はパワースポットと言われているそうですが、
この海からもたらされる力がその由来なのかな、と感じました。
場所的には、東向きの浜なので、
日の出の瞬間、太陽が水平線から顔を出し、
鳥居の上を昇っていくときがとても綺麗なんだそうです。
元旦には、神社の方々が神磯に降り立ち、
初日の出を奉拝するそう。
絶対寒いだろうけど、その時間にぜひ来てみたい。
見守る。
今日もきっと、この鳥居は太平洋を見守っているのでしょう。