教育のチカラ
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痛いところを突く

 

 

前回、研修の理想を書いた。

今回は、受講生との向き合い方について。

  

前提として、

講師と受講生は初対面。

研修時間も1日または2日の限定。

 

予定調和の仲良し研修では、

受講生は変われない。

時に講師は、

彼らの痛いところを突き、

厳しい態度で接しなければならない。

 

しかし、下手に彼らを傷つけたり、

怒らせたりしては、逆効果だ。

彼らは殻を被って、その場をやり過ごしてしまう。

 

若い受講生には、

講師と彼らの圧倒的な力の差を

見せつけることが有効だった。

「この講師には何をしても無駄。敵わない」

そこまですると、彼らは興味を持ってくれる。

 

一方年配で役職者が受講生になると、

プライドはあるし、恥もかけない。

さらには、彼らの本業においては、

講師よりはるかに知識も経験も豊富だ。

  

そんな時は「力の差」ではなく、

「研修を行う意味」を軸に攻めていく。

 

何故、私たちは今、ここに集められているのか。

  

あらゆる角度から、考えさせることで、

彼らを掌握することができる。

 

そのためには、絶対的な準備が必要

全ては、最高と思える研修を実施するために。

 

【劇場研修】

 

研修のプログラム作りで、
何故毎回悶々と悩むのかと言えば、
尖がったプログラムにしようと思うからで。
 
でも、実際は、
受講生の状況やレベル、
研修会場の設備や広さ、
事務局の好みや理解、
と言った変数が沢山あるので、
思った通りに実行するのはとても難しい。
 
なので、大半の講師や研修会社は、
まさに「無難」なプログラムを作る。
 
受講生の意識が低くても大丈夫。
事務局に特別想いがなくても大丈夫。
研修会社ならさらに、
講師のスキルが低くても大丈夫。
な、プログラムを作る。
 
でも、研修は生ものであり、
受講生の変化と共に、
現場でどんどん進化していくべきもの。
そう考えると、
「余計なことは起こさず終了する」
よりも、
そこに様々なドラマや軋轢が生まれた方が、
研修としてはずっと価値が高いだろう。
そう考えてしまう。
 
でもそれは、危険でもある。
軋轢から学級崩壊、のようになってもダメ。
研修慣れしている受講者が、
物わかり良さそうに見えて、
実際は胸襟も開かず本音も出さない、
そんな研修になってもダメ。
 
「無難」な研修にしないためには、
講師の力量も必要だし、
でも何よりも、
どんな展開になっても大丈夫な準備と、
短い時間で研修の世界観を構築し、
受講生を巻き込んでいくだけの設計が必要。
 
まさに圧倒的な迫力で研修という物語に、
受講者を没頭させる「劇場研修」
プロローグは講師が主役で物語を引っ張るけれど、
最終的には受講生全員が舞台に上がり、
気づけば彼らが主役になっているような研修。
 
それが僕の理想なのだけど、
毎回その理想を追いかけるあまり、
苦しく楽しい悶々時間を過ごすことになる。
 
内容が詰まっていくなかで、
そこに、研修時間や参加人数という変数を加味して、
最終的に、実施可能な研修を創る。
 
出来た時は、大きな満足感。
  
ただ結果的に、
研修の大部分が、
「これって、自分にしかできない」
そういうものになってしまう。
「ここはこんなふうにやって欲しい」
と、あらゆる項目で説明できるけれど、
それを聞いた人が、
「それって、本当にできますか?」
と聞かれると、自信がない。
 
僕ならできるけど・・・。
と答えている時点で、それが自分の限界。(笑)
 
でも、誰にでもできるような研修を、
わざわざ作って、自分がやることに、
興味を持てないから仕方ない。。。
 
さて、昨日一昨日と夜なべをしたことで、
ちょっと喉がイタイ。
後は、リハーサルと体調管理をしっかりやろう。

 

 

研修のノリシロ

通常、研修会社が作るカリキュラムは、
スケジュールが分刻みです。
次々とやることが決まっていて、
時間通りに終わるように設計されています。
 
その理由は、
まず、クライアントが喜ぶような研修内容を
沢山取り入れるため。
次に、講師に余計なアドリブをさせないため
 
最初の理由はわかりやすいですね。
コストのかかる研修、クライアントとしては、
できるだけお得になるようにしたいから。
 
しかし二つ目は研修に詳しくないと、
わかりにくいかもしれません。
講師が自分の経験を踏まえてアドリブを出すことは、
むしろ喜ばれるのではないか、と思いますよね。
 
しかし、研修会社がそうしないのは、 
アドリブを成功させられる講師が少ないから。
それに尽きます。
 
講師の勝手な解釈や武勇伝を並べて、
研修の内容に反目したり、流れを止めたり。
研修にマイナスになりかねないから、
余計なことをさせないように、
研修メニューを分刻みで作りこみます。
 
いや、一応、研修会社は講師に対して、
自分の経歴を臨機応変に語ることを
表向き歓迎はしています。
しかし、研修目的が果たせることや、
時間通り終了することの方が重要だと考えます。
だから、講師のスキルを見ながら、
講師が研修内でやっていいことを決めています。
 
そして、残念なことですが、
講師のスキルにはばらつきがあり、
経験も様々なことから、
結局、分刻みのカリキュラムで保険をかけるのです。
  
もしあなたが、企業の人事部に属していて、
研修をどこかに依頼したとして、
相手が、盛沢山で細かいカリキュラムを出して来たら、
講師のレベルがそれほど高くない、
と疑ってみる必要があるかもしれません。
 
逆に、ノリシロが多いカリキュラムの場合、
そのノリシロを、
講師が現場で受講生とのやり取りで埋められる、
それだけ力のある講師
が担当している、
ということが考えられます。
 
研修会社も講師も失敗できません。
にもかかわらず、
現場でのやり取りというような、
不確定要素をカリキュラムに盛り込めている
ということは、それだけ自信があるのです。

【無知が故】

毎年このくらいの時期になると思いだすことがある。

それは、最後に勤めた会社の思い出。

私は29歳から35歳になる年まで、

大前研一のアタッカーズスクールの責任者をしていた。

  

ひょんなきっかけでそこで働くことになったのだけど、

教育業界なんて初めてで、何も知らない状態。

それでも努力して(笑)なんとか5年やり切った。

  

その時、自分が無知だったからこそできたのだと思える

3つのことがあるので紹介する。

  

1 起業家の報酬を一律〇〇万円にした。

 

私以前の責任者は、起業家のランクや有名具合に合わせて

起業家講師に支払う報酬を変えていた。

1回の講義、20万以下の人もいれば50万円以上の人もいた。

私はそれを、同じ2時間の講義なのだからと一律にしたのだ。

駆け出しのころの堀江さんも、

もうすでに大経営者の藤田田さんも同じ金額。

相手がどんなにすごい人か知らなかったからできたことかもしれない。

 

2 多忙な有名起業家を次々招聘。

 

どの起業家がすごいとか、どんな基準で依頼を引き受けるか

全くわからないので、自分が知っている起業家にアタック。

当時飛ぶ鳥を落とす勢いで、月に1回しか依頼を受けない、

ワタミの渡辺美樹さんや、

ソフトバンクの孫正義さんに、前述の藤田田さん。

私以前の人は「頼んでも無理に決まっている」と思っていたらしい。

でも、みんな来てくれた。

無知の極みは、当時ライバル同士だった、

マイクロソフトの成毛真さんとアップルの原田泳幸さんを、

2週連続で呼んだこと。これも無知が故。

 

3 自分に講師報酬を支払ったこと。

 

当時の学校は赤字経営。だからボーナスもない。

何とかしようと外部講師の代わりに自分が講義を行った。

その数がだんだん増えて、全体の三分の一くらいやるように。

でも、いくら私が講義をして予算を浮かせても、

私の給料は固定給。

他の部門の元マッキンゼーの人とは比べ物にならないくらい低い。

だから、自分に講師報酬を払うことにした。

もちろん実際に成果を出したうえで賞与として100万。

それでも私が行っていた講義数を考えれば高くないと考えた。

 

そして、私が会社を辞める3月。

私が担当していた講義の代わりはすぐに手当てできないので

辞めたあとの1期だけ講師を引き受けた。

無料でもよかったのだけど、

引き継いだスタッフがお金を払うというので

私は当然のように、他の講師と同じ金額を請求した。

それが1回の講義、20万円。

  

すると、当時の経理の責任者が飛んできた。

「君は大前ブランドの元だから講師ができた。そこを離れたのに20万円は高すぎる」

ということだった。

まあ、言いたいことはわからなくもないよ、K岡さん。

でも、私は譲らなかった。

講師が誰でも、頼んだ以上は一律。

それを実行してきた自分が、

そのルールを破るわけにはいかなかった。

報酬をもらわないか、もらうならその額だと、

そう思っていた。

 

自分を通した私に対して、腹を立てた人もいたと思う。

 

ただ、私は、独立して以来、

ボランティア的な仕事を除けば、

1回の研修の報酬が20万円を切ったことがない。

意地でも、最初から20万円を提示した。

K岡さんと同じような考えの人には通用しないし、

そもそも辞めたばかりで何の仕事もないのに、

そんなに強気に出れた理由は、単なる「意地」だ。

 

でも、自分を貫き意地を張って頑張ってきたからこそ、

今の自分がある。

 

有難いことに、

今では1回の報酬は当時よりずいぶん高くなった。

だから、月に数回行えばいいスタイルを実現できた。

その数回に全力を注ぎこむやり方が自分には合っている。

 

有名な学校を辞めた途端、疎遠になった人もいる。

K岡さんのように、あからさまに敵意を見せてきた人もいる。

私は思う。

そんな人たちのおかげで、

今のちょっぴり強い自分がいるのだと。

  

講師は、現場に立てば一人。

誰も助けてくれない。

強くなければ、続けられない仕事かもしれない。

私は、そんな孤独は怖くもなんともない。

怖いのは、自分を失うことだけだ。

 

【研修プログラム完成】

研修を依頼されると、

まずはクライアントの要望を確認します。

 

参加人数と研修時間でおおよそのゴールを決めます。

そして、大まかな内容とタイムスケジュールを立て、

そこでクライアントに確認します。

 

OKが出れば正式にプログラムを作り上げ、

受講生の情報をもらって、最終的に完成させます。

 

そのあとはテキストを作成します。
クライアントによっては、

毎回新ネタで行うこともありますし、

実績のある安定したプログラムをベースに、

調整したプログラムを使うこともあります。
 
最近のプログラムは、
受講生がグループディスカッションして発表、
という研修お決まりの場面が少なくなりました。
実は、この定番のセッション、
私はちょっと時間の無駄、と思っているところがあります。
 
グループに任せて時間をあげてしまうと、
発言する人に偏りが出たり、
内容が意外と深まらなかったりするからです。
「考える時間がもっと欲しかった」
と感想を話す人がいますが、
そういう人に限って、あと30分あげても
アウトプットのレベルが変わらなかったりするのです。
 
それより、その場で、全員が対話をし続け、
強制的に考え続ける場を作った方が、
緊張感も維持できるし、全体が盛り上がります。
そう、マイケルサンデル教授の授業のように。
 
ただ、それをコントロールするには、
講師に相当の力量がいります。
私はそれがやりたくて、
現場での負担を少しでも減らすために、
悶々と準備をしています。
 
グループディスカッション(=休み時間)
をできるだけ少なくして、
1日8時間、走り切るようなプログラム。
これができると気持ちいいんですよね。

 

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