『銀の森のパット』
モンゴメリ作

こうなったら目の鍛錬だと思って読んでいた。ページをめくってもめくってもひたすらパッドの日常を(誰かのブログを読まされる感じで)追うのみ、なんか疲れちゃって、途中なんどもうやめようかと思ったか知れない。
パットという少女が、自分の生まれ育った銀の森屋敷に異常なまでの執着と愛情を注ぎ続ける内容なわけだが、ほんの7~8歳の少女の頃ならいざ知らず、二十歳近くなっても、家の悪口を言われてマジギレしまうとか。
「銀の森屋敷」いいネーミングだ。そしてこの銀の森屋敷がどんなだか、実際に行って知っている(実在しているのだ)。確かに清楚で綺麗なたたずまいなのも認める。だけどねえ、今年の春の銀の森屋敷も素敵!夏も素敵!春夏秋冬以下同文!朝も素敵!夕暮れも素敵!ああ木は切っちゃだめ!誰も変わってほしくないの!家から出ていかないで!家具を動かさないで!壁紙もダメ!私は変化が嫌いなの!と彼女のセリフを並べると、なかなかすごいものがあるではないか。

まあ、いい。そういう風に、素敵な景色と由緒ある家柄と立派な家を何の不自由もなく持てて。でも、それらは君の力で手にしたものではないのだよ。人から与えられた「私の幸せの国」に一生引きこもっているのかいと、このように斜に読んでしまう自分はきっとひねくれ者だ。

と思っていたら、ジングル(ヒラリー 注:男の子)のおかあさん登場あたりからがぜん面白くなってきた。次々にパットに降りかかる変化。そして・・・後半は一気に読めた。(翻訳の調子も気のせいか、最初と後半ではリズムが違う気がする)
そもそも変化を好まぬ主人公の日常などだらだら聞かされても面白くも何ともない。だって人生そんなものじゃない。大きく動き出す運命に、どう主人公が立ち向かうか、それこそ「この先どうなるのだろう」とページをめくる読欲(?)につながるのではないか。そして見事切り抜ければ拍手喝采。幸せな気持ちで本を閉じ、反芻する。本がもたらす知識も、人間模様も、それを読む私たちが己の次の扉を開ける喜びにほかならないのだから。