今話題のTVドラマ「下町ロケット」に真野謙作役で出演している山崎育三郎。暫く前にも先述したが彼は私のかつての弟子である。ご承知の通り彼は今や我が国のミュージカル界において欠かす事の出来ない主役級の演じ手であり歌い手に成長した。伸びやかな高音と柔軟性に富んだ中低音を併せ持つその歌声は聴く者の心を鷲掴みにする程の魅惑的スタイルを有して万人に感動をもたらす力量を備え活躍の幅は益々広がるばかりである。そして今度はTVドラマへの進出まさに順風満帆の勢いであろう。時にはかなりスキャンダラスな報道も成されたが、恐らくそれも又糧に仕事に邁進して来た成果が今日の彼の地位を確立したのだろうと思っている。大した若者である…っと言っても彼も既に29歳!。いやはや時が経つのは誠に早い。振り返れば彼への声楽とピアノの指導を始めたのは彼が丁度中学2年生の後半に差し掛かった頃だったと記憶している。小椋佳氏主宰のアルゴ・ミュージカルに主演し子供ながら驚異的な歌唱力で周囲の度肝を抜いた頃、ベルカント唱法とクラシックの基礎の重要性を説いたのは誰あろうこの私である。美しいその歌声を酷使させてはならない。変声期を前に正規の歌唱法を教える事が重要と考えた私は彼を音大付属の高等学校へと導いた。親御さんもそれを望んだからだ。音楽を専門とするには彼はかなり晩学の方ではあったが専攻は声楽であり全く問題はない。受験に必要なのは寧ろもっぱら聴音とピアノ実技である。私は全力で受験曲にしぼってピアノを教え聴音記譜の訓練を彼に施した。当時を思い出すと誠に感慨深い。何しろ彼は当時ろくに楽譜も読めなかったのだから…。しかし才能は瞬く間に開花する。私はテノールとして何んとしても彼を育てなくてはと思った。そして彼はその通りに育ってくれた…がしかし語学留学の為、一年間米国へ渡った彼は帰国後、名門音大の声楽科へ入学するが程なく中退、クラシックを捨てミュージカルの世界へと帰って行ったのである。たらればは言ってせん無き事なれど、もしあのまま彼がベルカントを究めてくれていれば今頃オペラ界でも大変な逸材となっていたであろう事は想像に難くない。彼は舞台人として演技も達者であるし器用にそつなく何んでもこなす事に柔軟に対応してみせる。だが実の所私はその辺には興味はない。TV出演も然りである。彼はもっと歌える筈なのだ。学生時代、彼が歌ったモーツァルトは外連味のない実直でナチュラルな実に美しい響きに満ちていた事を私は決して忘れない。昨今は仕事に追われ基礎発声などの勉強を怠っているのかも知れないと危惧している。数年前彼には伝えず黙って訪れじっと彼が立つ帝劇のステージを眺めて彼の才能が枯渇する予兆を感じた。【才能は元金】でありそのままでは残は底をつく。それを取り崩してはならないのに【利息】を得ようと今の彼はしていない。かつては殆ど考えられなかった音程のブレを彼の歌から感じようとは…!あの時ばかりは率直なところネガティヴな衝撃を受けたものだ。実践ばかりに駆り立てられ勉強がたりないのは火を見るよりも明らかだ!。そんな彼に連絡を取ろうと思えば出来なくもない。しかし彼は【打てど響かず】こちらからのコンタクトには、【なしのつぶて】。【知らんぷり】この数年来、返事どころか何んの音沙汰もない。まぁ~彼の才能を極めて初期の段階で見い出し今に繋ぐ道筋に乗せたのは確かにこの私だが今の彼に取っては既に過去の無用の長物としか思ってもいないのだろう!。情けなくも些か腹立たしい限りでもあるが今更致し方ないとも思っている。ただ彼には一つだけ言っておきたい事がある。それは今迄の道のりの中、君には沢山の先生方が居て幾重にもお世話して下さっている筈であると言う事。私などは今更どうでも良いがどうかそうした先生方、特に音大時代の恩師の先生には今後も決して非礼のない様にして欲しい。それだけは要望しておきたいのだ。何はどうあれ山崎育三郎と言うミュージカル俳優は今後とも普遍なのだろうとも思う。健康に留意して素晴らしいエンターテイメントを展開してくれる事を君の少年時代を知る老音楽家の願いとして最後に申し述べておく。
【育くん!くれぐれも健康でご精進あれ…!】
(ルチアーナ筆。)