今日もまたモーツァルトの作品の
話である。何んと言われ様と勢い
モーツァルトを取り上げる事が
多くなるのは仕方が無い。
何故ならモーツァルトに
接する事が心身を癒し何より
人間として存在する己の
生きる証を真に認識させてくれる
至福の時間となるからだ。
幼い頃から最晩年に至る
短くもその才能を欲しいまま
とした史上稀に見る
神の伝道師モーツァルト。
彼を語る時、我々は
その音楽の調べに込められた
神の言葉をすら享受する様な
想いに駆られる。それ程に
モーツァルトの創作は彼の現実の
生き様とは全く別の所で孤高の
光を、輝きを放ち続けるので
ある。人間個々に科せられた
苦悩とはおよそ無縁なものを…。
ピアノ四重奏曲。室内楽に
おいては変則的な楽器構成を持つ
このジャンルで私はモーツァルトの
天才ぶりを又も垣間見る。
第一番G-moll.K478。
周知の通りモーツァルトの
全作品の内、マイナーで書かれた
作品は極めて少なく貴重な
作品群と言えるのだが、
このピアノ四重奏の一番も
マイナーで書かれたごく稀な
作品であり同時に大変優れた
内容を持つ作品だと言えるものだ。
壮大でスケール感に富み
モーツァルト特有の屈託の無い
明快な旋律美を有しつつ
マイナー進行の深く染み入り
ながらもナチュラルで聡明な
感性と美質を溢れんばかりに
秘めた、まさに神聖な感覚と
空間感を躊躇なく提示してくれる。
ここにも又、名作の一品が
存在している。
曲全体の演奏所要時間は
およそ30分、
かなりの大作でもある。
オペラ、交響曲、協奏曲を始め
数多ジャンルの作品を
手中にしたモーツァルトだが
室内楽の分野でも例外なく
おびただしい数の作品を書き残して
いる。それらを一つ一つ
取り上げ論評する事は、
その膨大さから言って
とても現実的な事ではない。…が
しかし我々はまさに眼前に
垣間見るこの孤高の芸術の宝庫に
常に眼を見張り、時あればそれに
心穏やかに接する事を
果たすべきだろう。
人の心を一瞬にして癒し暖かさと
清々しい空気感を彼の音楽は
その時間の経過の中で
最初から最後まで一部の隙もなく
満たし得る唯一つの世界観を
有しているのでは
あるまいか。改めて思う。
どんな時でも人の心が荒んだ時、
暗い影に包まれ苛まれた時、
その時こそ
【またもやモーツァルト】で
心に癒しを与えて欲しい。
時は新たに必ずや神の思し召しを
モーツァルトの音楽に秘めて
我々に示されるに違いない。
モーツァルトの音楽は心の平穏
への誘いの道筋を指し示す
人生の道標なのかも知れない。
(ルチアーナ筆。)
★私のリサイタル「10/19開催」に
付いての詳細は4/7付けの
ブログ記事をご参照下さいませ。