愛のセレナーデ”7。 | ルチアーナの音楽時評・アラカルト。

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40年以上に及ぶ音楽家としての筆者の活動と
その経験から得た感動や自らの価値観に基づき
広く芸術、エンターテイメント等に独自の論評を
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東都医療センター病院、繰り返しますが、そこは私の夫、市澤陸奥が脳腫瘍と分かり歌い手としての全てのキャリアを突如なげうち最晩年を過ごすに当たり、その病状の進行をつぶさに把握、積極的治療をあえて拒否した夫の真意を暖かく受け入れ、高度な終末期医療を惜しげも無く導入して夫の芸術家としての想いを人間としての尊厳を最大限に尊重した医療を最後まで貫き通して下さった私に取って今や足を向けて寝られぬ程、大切な医療スタッフの集団を抱える我が国きっての優れた医療機関なのです。そして又、この私も今、私自身が抱えた新たな試練を克服する為この施設を訪れています。目まぐるしく移り行く時の流れ、あの重苦しい病との戦いの中、夫と私は奇跡の出会いを得るのです。「金城サヤ」そうです。実の親はなく養護施設で育ち
社会への順応性に欠ける。粗野で品性のかけらも無い。しかしただこの子には生まれ持った例え様の無い美ぼうと神から授けられたとしか思えぬ程の類稀な美声が備わっていたのです。サヤは劇的な経緯の中、私達の娘となりました。夫の死と言う避けては通れなかった運命を乗り越えまさに夫が自らの命と引き換えに育てた最後の弟子でありそして娘であるサヤの存在に引き継ぎ導かれ起こり来る全ての事柄を遥かに超越して私は今それに大きく支えられているのです。時田医師に初期診断を仰いでから四日目、私はこの日朝から本格的な精密検査を受けています。そして今日、私の傍らにはサヤではなく彼女の夫、私の義理の息子、塚田恭基くんが付き添ってくれています。サヤはと言えばさて…。今日は本来私が出向く筈だった大学のゼミへ言わば私の代役として後輩の様子を久しぶりに見るついでと称して出向いて居ります。昼の時間を少し回った頃、私は恭基くん共々最終診断の結果を聞く為、特別に時田医師の研究室へと案内されました。時田「いやいやご苦労でした。」そんな出だしで話が始まりました。そこには先述の外科、婦人科のドクターも同席しており精密検査から判明した診断を詳細に渡って聞く事になりました。私は前持って時田医師始め診断に関わって下さる先生方に何が有ろうとも包み隠さず診断結果は全て真実のまま話して頂ける様お願いしてあります。
私は先生方が話の本題に入る前に、もう一度その事を念押す様に確認して、心を決めて話に耳を傾けました。私(まゆ美)「それで、先生方如何だったのでしょうか?。ご診断の程をお聞かせ下さい。」時田「それでは、外科の山口先生から先ずお話して頂きましょうか。」山口誠 医師、まだ三十代半ばの若き外科のエースと呼び名も高い当センターの外科部長で今回、実に親身になって私の診断に携わって頂いた方です。この先生から真っ先に具体的なお話が始まりました。山口「それでは、今日の検査結果を踏まえてお話をさせて頂きます。先ず、結論から申し上げますと残念ながら、あまり良ろしくない結果だと言う事になります。病名は左胸乳房部の癌と言う事で素性は悪性です。ただ非常に稀な事に既に胸部に繰り返し痛みがあったとおっしゃっておられましたので、実の所私共、かなりの進行度を懸念しておりましたが、以外にもリンパ節への浸潤も認められず基本的には早期発見と言う事になったとご理解下さい。そこで次に治療方針なのですが、先ず手術は不可避です。問題は率直に申し上げて乳房を全摘するか温存させるかの選択になりますが、現在の病状から勘案すれば乳房温存は選択肢として可能ですが癌の発生位置等々を総合的に考慮して選択するならば再発のリスクを少しでも軽減させる意味からして私はあえて全摘を選択して頂きたいと思うのですが…。如何なものでしょうか?」時田「私もですね。山口先生と方向性は同じでして、市澤さんには完全な形でお元気になって頂きたい訳であらゆる可能性を排して憂いのない形を作りたいと思っておりますんでね。如何でしょう…。」私(まゆ美)「分かりました。何だか気持ちがすっきりしましたわ。先生方のせっかくのご意見ですし、それではどうかスパっと悪い所、切り取って下さい。全てお任せしますので…。」私の傍らでこの一連の話を身じろぎもせず聞いていた恭基くんは私の何とも早い決断に戸惑っている様子ですが空かさず私は話を続けました。「私は亡くなった主人とはやはり違う考えで病気に立ち向かおうと思います。主人は自らの歌手としての誇りを持ち続けたまま最後を生きる事を選択して私もそれを全て受け入れて理解して寄り添いましたが、私自身はここにいる娘の夫で有る恭基くんとサヤ夫婦が少なくとも、名だたる演奏家と肩を並べるクラスに完全に登り詰めるまでそれを見届ける使命があると思っておりますので、今ここで生きる事に終止符を打つ訳には行かない。そう考えます。幸い恭基くんとサヤが欧州へ向かうまで五ヶ月程のまだ猶予がありますし、二人の離日記念のリサイタルの開催も年明けで私の手術が終わっても尚且つ時間的余裕は十分だと思います。ですからなるべく早期に手術、宜しくお願い致します。私も早く治って何事もなかった様に二人を送り出したいもので…。それと私、何と言っても早く孫の顔が見たいんです(笑)。恭基くんとサヤが欧州から戻った時に赤ちゃんって言う素敵なお土産までいっしょだったら何て幸せかしらって考えれば考える程、病気なんかに負けてたまるものかと思うんです。
その為にも早期に手術を…。どうかお願いします。」恭基くんは益々、身体を強張らせて全く言葉にならない様子です。今日は付き添いがサヤでなくてつくづく良かった私はその時に正直、そう思いました。あの子がここにいたら何だか話がもっと複雑になった様な気がして…。(笑)とにかく、私のこの意思表示によって全てが決まりました。私は私がこれからどの様な目的を持って生きて行くのかここではっきりとした方向を見出す事が出来た様に思っています。病を得てこそ新な目標が出来る。そんなふうになるとは思ってもいませんでしたが、しかし不思議と私はその目標をいち早く心の中に想起させる事が出来たのです。さあ、後は前進するのみです。入院は丁度一週間後と決まり早期の手術が実施されます。これも又、私にはラッキーだと思えました。週明けにはNoonMooonの二人がツアーから戻り会議もキャンセルせずに済みその後の当面の事柄は皆に託す事が出来ますし、もう一度静心園におもむき寺脇拓海くんにも会って来る事が可能なのですから…。私は今日の検査、診断全てのスケジュールを終え恭基くん共々、帰宅します。「あっ!忘れる所だったわ、サヤちゃんに電話しなきゃ。今日の結果報告…!。忘れたなんて後で言ったら、あの子切れまくるわよね…。きっと(笑)。」私の冗談目かしの問いかけに恭基くんは薄笑いを浮かべながらも、どこか緊張がほぐれぬままの様子で私の方を凝視するのでした。携帯をONに…。私(まゆ美)「あっ!もしもしサヤちゃん、マーママよ!あのね。結果だけど最悪だったわ。癌!そうそう乳癌!そうなの。来週入院手術!うんそう。丁度一週間後、木曜日。だから詳しい事は帰ったら話すから一応、そう言う事だからって星野先生にはその事だけ先ずは伝えておいて…。学校へは正式に後でお伝えするからって…。じゃお願いね。」私は簡潔に経過だけを報告してサヤとの電話を早々に切り上げました。サヤも又、たんたんと私の言葉に返事を繰り返すだけで動揺した様子は微塵もありませんでした。一刻を争う程の事でもありません。
今日は家に戻り諸々決めなけれならない事があるでしょう。冷静にしっかりと身構え皆に納得してもらえる方向を得る為に邁進するのみです。私の頑張り所はまさにここからです。もう一度心で語りかけます。「ムーンさん、私に力を与えて…。貴方が残したサヤちゃんと恭基くんの活躍をもう少し、私に見守らせて。お願い…!。」
(続く。) ルチアーナ作
次回更新・11/2。