静けさと気品に満ち、穏やかな時間の経緯を体現させてくれるこの部屋で
ディナータイムは終了した。テキパキとそれでいて我々に雑然とした雰囲気を微塵も感じさせる事なくホテルスタッフはテーブルサービスの全てを完了して部屋から立ち去った。「本日は
誠にありがとう御座いました。とうぞ
この後もごゆっくりおくつろぎ下さいませ。」チーフ担当の係員の最後の挨拶を残して…。そして部屋は最初に我々夫婦が入室した時と全く変わらぬままの状態にリセットされた。和やかな時間の香りを残したまま、私は今日諸兄をお呼びだてした訳を淡々と今、
正に語り出す。軽く妻への目配せを
した時、妻は深心から私の思いを再度
確認し改めて納得と理解に包まれた視線で私を誘う様にうなずいた。
それは私に話の口火を切らす充分な
きっかけとなったのは言うまでもない。「皆さん、今日は急なお呼びだてにも関わらずお出で頂き妻共々、深く感謝しています。ありがとう御座いました。」「いやいやとんでもない事で御座います。私共こそ楽しく過ごさせて頂いて…」畑原学長の返答を
あえて遮る様に私は一気に話を進めて
行く。「実は今日お集り頂いた訳は
これから申し上げる私のわがままに
ご理解を頂きぜひご納得を頂きたいと
思いました為で…。」チーフマネの守野くんに私が遮られた。「…っと、おっしゃられますとアメリカツアーの件で何かお気に召さない点でもおありで…。」「いや、そんな事ではないんだよ。そうそう今日はカーティアも
ここにいるから、言っておくけれど君達は本当にいつも良くやってくれていて感謝の気持ちでいっぱいだよ。心から御礼を言うよ。ありがとう!」守野くんの言葉は途絶え、暫くは私の言葉が続いて行く。「実は誠に申し訳ない限りなのだけれど私ね。昨期の欧州でのシーズンが終わった事を区切りに
引退をさせてもらいたい、いや引退する事に決めたのでそれを先ず伝えたくてね。ひとつ重々申し訳ないけれど了承して頂きたいんだ。それと当然
全米ツアーも出来ないので、その点も含めてご理解を願いたいと…。まあ
そういう事なんだけれど。」
一瞬私が言葉を区切った途端、それを聞いていた妻を除く4人は声を発するタイミングも完全に失い身体が麻痺した様に呆然となり今、何が起こったのかさえ理解出来ない様子を呈した。
「ご…ごご、ご冗談を!」
暫しの沈黙、硬直した空気をかき分けて守野くんが発した。
次いでカーティアが「ノー!ノー!ノー!」徐々に声を荒げ絶句した。
さて、これからだ!この決断に至った
訳を話さなくてはならない!。
私の運命と私の妻の宿命の話を…。
(続く。)ルチアーナ作