「ムーンさん、カーティアよ!どうぞ中へ…。」ドア付近で交わされる小声での会話の狭間で妻が私に呼び掛けて来た直後、足早に妻に促され共に私達が集まる部屋中央へ現れたのは、
日本人ではない。まだ若い長身で
モデル級のスタイルとハイセンスな
服装に身を包んだ女性だった。
名前をカーティア・ティッラーニと
言う。生粋のローマっ子だ。
「先生!本当にお久しぶり。お会いしたかったわ…。」
「どうしたの?いきなり、こんな所へ…。びっくりしたよ。」先ずは私も
そんな言い方で彼女を迎えた。
まあー、しかしこの子には驚かせられる事が何と多いのだろう。
そして又、あいも変わらず日本語の
流暢な事この上ない。
最近は夢も日本語で見るとか…。
真偽の程は分からない。本人が言うのだから、まあ、そうなのだろう。
そして彼女の言う「お久しぶり!」と
いう経緯も必ずしも正確ではない。
なぜなら私は欧州でのシーズン終了後
日本への帰路、途中いったんニューヨークへ立ち寄りCAの現地事務所で
やる気がないのをひた隠しにしたまま
米国ツアーの打ち合わせを行っている。その時、会議の正に中心にいたのが、カーティアなのだ。二ヶ月程前の事である。彼女が感激的に「本当に!」と語気を強める程久しぶりの再会でもないのだ。そして何よりこの日本大好きイタリア娘はこの歳(27歳)にして
我が事務所「クラシカル・アカデミー」のアメリカ支社の統括マネの地位にあるのだ。彼女が如何なる経緯で
今日の地位にあるかは又、おいおい明らかにするとして、これから縷々私が行う話に急遽、彼女が聞き手として加わるとなると様子がにわかに読めなくなって来た。それにしてもニューヨーク在住で仕事に追われているはずの
彼女が何で今、ここにいるのだ?。
再度言うが彼女を今日わざわざ
ここに呼んだ覚えは絶対にはない。
しかしまあー、なんと屈託のない
笑顔だろう。妻もカーティアを良く知っている。会えば精一杯可愛いがってもいる。されど一度仕事となると
とてもこの若さとは思えぬ、らつ腕ぶりを発揮するのだから恐れいる。
とにかく、急遽彼女のディナーポジションを確保すべく妻はホテル側と交渉
さすが日本の一流ホテル、
対応は敏速だった。さてそしていよいよ、今日の目的である私の話を
願わくば心静かに落ちついて聞いてもらいたい。ディナーの終了が始まりの合図である。妻まゆ美の深き理解と
納得を背景に私はついには口火を切った。(続く。)ルチアーナ作