ショッキングな話である事は私自身も充分承知している。取り分け守野くんは動揺したに違いない。CA入社以来このかた若い頃から、私の専属マネになり今はチーフ、企画プロデュースも担当する事務所では要のポジションにある彼が全く関与出来ない状況下で私の急な引退表明を耳にしたのだから…。「先生、ちょっとお待ち下さい。失礼とは思いますが、先生もご承知のはずの全米ツアーは後、二ヶ月あまりでスタートですし、その後は来シーズンのオペラ公演も契約通り間も無く開始という段取りで…。」守野くんはあまりの事に上ずった声でだが極力感情を抑えつつ言葉を発したが、私は尚も彼の言葉を制しつつ語る。「いや、全て分かった上での私のわがままだと思ってほしい。当然今度の公演に付いても出先のアメリカ支社も含めて公演中止ともなれば多大な損益を事務所全体に与える事になるし、ここにいるカーティアを含む皆んな、いや私を今迄支えてくれた同士の方々全てに迷惑をかける事になる訳だから大変心苦しいのだけれどね。しかしこの決断だけは変える事は出来ないんだよ。」「なぜなんですか?!。何がおありなんですか?今日カーニャがここにいるのもツアーの詰めの話をする為にと先程申し上げましたよね!」そうカーティア(カーニャとは
彼女のニックネーム)は本来実施されるべき全米ツアーの最終打ち合わせと確認会議の為、自ら進んで来日していたのだ。しかも今朝だそうだ。時差ぼけもあろう事に…。頑張ってくれている申し訳ない。しかも宿泊場所に事務所が用意したのがこのホテルで彼女は
今日から二日間ここに滞在する予定と先程聞かされた所だった。そして急遽のお目見え…。行け行けイタリア娘の
バイタリティー。納得した。そして今又、彼女は私の言葉に打ちのめされた様に大粒の涙を流してソファーに倒れ込んでいる。和やかさは一変その場の空気感は刻々と重く流れ始めている。
CA社長の久田氏が口を開いた。
「まあ守野、君も少し落ち着いて!
先生のお話をもっと詳しくお聞きしようじゃないか。今日は畑原先生も居られる事だし、カーティアも顔を上げて!皆、冷静にね。」久田氏の言葉が続く、「市澤先生、どうなさったのですか?。今のお話、守野が顔色を変えるのも無理がないと私も思いますし、だいいち、私共も俄かに信じられませんし、はい!さようで御座いますかと
二つ返事で承れる様なお話でもないとと存じますが…。」私に対する実直な
問いかけだ。当然だろう。
実直な問には実直に答えなくてはなるまい。「ちょっと厄介な病気になってしまってね。それでまあー!。」
畑原学長がすかさず聞き返して来た。
「ご病気?!。先生がですか?
いったいどの様な…。」
「脳腫瘍です。まあー、つまり頭の中に癌があるという事です。」私の言葉にその場は正に一瞬のうちに又も静まり返った。(続く。)ルチアーナ作