人間の評価に値することはどんなことなのか? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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皆さん、本日の心の天気はいかがですか?

心理カウンセラーの青柳雅也です(^^

このブログで、心理カウンセリングや心理学を身近に!

さて、今回は「評価」について。

皆さんは、人を見るときに、

どんなところに惹かれますか?

 

人間の能力というのは、

学校に行き始めると評価されるようになり、

それは大人になっても続きます。


それによって、誰かより上とか下とか、

平均より上とか下とかということを計っていきますね。

今や大人社会で人間を評価する主流は、
「成果主義」であり、
どれだけ数値や結果を出せるかが認められます。

普通なことのようですが、そこに偏りは無いのか、

疑う余地はないのでしょうか?

孔子の『論語』にこんな言葉があります。


「巧言、令色、足恭なるは、左丘明之を恥ず。」

これは簡単にいえば、

上っ面や口先、目に見えるとこばかりを良く見せようとする、

上辺だけの態度(巧言令色)を戒め恥じよという意味です。

また、こういった者は思いやりに欠けるとも説いています。

数字というものは、もちろん大事でしょう。

しかし、、、

人間としての清らかさ、
人間としてのあたたかさ、立派さというものは、
全く枠外のところに置かれているのでは?

そんな社会が生み出したのが、
お世辞、うわべの言葉、媚びへつらい、人間としての冷たさ、
などを恥じないどころか、そこに依る人間です。

例えば、同僚には挨拶もせず、思いやらず、
上司に媚び、部下を利用して数字を自分のものとする、
そんな人さえも社会的に評価に値してしまう世の中。

勿論、能力は悪いものではないですし、
時には社会的な社交辞令も大切です。

ただ我々大人が、成果主義や、
数値に依る評価の虚しさを感じておく必要があり、
恥を恥とし、人格を磨いてゆくことが大切ではないでしょうか
虹

 

 

いつも有難うございます。

内面に問題を感じたときはアンフィニへ!

.

ご予約は052-253-5040まで!

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