自由、自由と言いながら本当に自由というのは何なのか? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

【カウンセリングルーム「アンフィニ」/名古屋市中区】 
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皆さん、本日の心の天気はいかがですか?

心理カウンセラーの青柳雅也です(^^

このブログで、心理カウンセリングや心理学を身近に!

さて、今回は「自由」について。
皆さんは、この世の中は自由だと思いますか?

そてとも不自由でしょうか?

 

また、自分は自由だと思いますか?
それとも不自由な状況ですか?

現代は、社会的な意味では、
法が整備され、先人たちの恩恵により、
かなりの自由が約束されています。

ところが"不自由"さを感じていたり、
もしくは、果敢に"自由"を求める人が多いのは何故でしょう。

パラドックスな例え話。

あるところに男がいました。
歩いていると、近くの動物園から逃げ出したライオンが、
なんと目の前をノシノシと歩いているではないですか!

 これはマズい!

男は逃げ、古びた交番に設置されている牢屋に逃げ込んで、
オートロックの鍵をかけました!

男は安全になりました。

ところが、騒動が済んで、
ライオンが捕まり、外が平和で楽しげになっても、
稼働していない交番だったために、男はなかなか出られず大声で叫び続けたとさ…。

…めでたしめでたし?

先の話で言うと、
ライオンに命を奪われるというのは不自由なことです。
牢屋に入って、安全な命を得るというのは、

不自由な状況から自由を得ることに値します。

ところが、今度は外に出るときになれば、
その牢屋は不自由なものになってしまいます。

自由というのは状態によらず、
私たちの、
"心のさじ加減"で決められているようです。

例えば、自由に言いたいことを言ったり、

自由にやりたいことをやったのに、

逆に、不自由になってしまっていることってありませんか?

「人間は自由の刑に処されている。」

このブログで何度かご紹介した、
哲学者サルトルの言葉です。
まさに真理だと思います。

自由というカードに細かい種類が多すぎて、

間違って使ってしまえば、不自由さが待っています。

そして、種類が多すぎるために考えなければならないのです。

自由とするのも、不自由とするのも、
結局のところ、自分の自由なのかもしれませんね。虹

 

 

 

いつも有難うございます。

不自由なときはアンフィニへ!

.

ご予約は052-253-5040まで!

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