理不尽さを規律と倫理で排除すれば生きやすい世の中になったか? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

【カウンセリングルーム「アンフィニ」/名古屋市中区】 
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皆さん、本日の心の天気はいかがですか?

心理カウンセラーの青柳雅也です(^^

このブログで、心理カウンセリングや心理学を身近に!

さて、今回は「理不尽」について。

皆さんは、最近何かぶつかった壁はありますか?

それはどんなことですか?

 

数十年という時間で、

私たちの生活は、サザエさんのように変わらないものもあれば、

大きく様変わりすることもあります。

 

昭和の時代は、令和と比べれば、

全く違うところが沢山あります。

 

□体罰は当たり前

□歩き煙草や駅での喫煙は当たり前

□電話は家電か公衆電話

□差別用語は普通にあった

□男女差はあった

このブログで何度も書きますが、

昭和の学校の教師はとんでもないヤツが沢山いましたw

今会ったら文句言ってやりたいくらいです。

 

でも当時はそれが普通だったんですよね。

 

テレビ番組も、大きく変化したでしょう。

言ってはいけない言葉、やってはいけないこと、

見せてはいけない行為、規制は増えたのでしょう。

 

よく、テロップで、

"このあと番組スタッフでおいしく頂きました"

というような倫理的な配慮も成されています。

 

大きく、

▶規律

▶倫理

というものによって、できる限りクリーンに、

私たちの生活は"理不尽"から保護されつつあります。

 

ところがどうでしょう?

 

私たちが苦しむのは、

結局のところ"理不尽"と感じるものなのです。

 

先の「規律」で言えば、

それをうまく使った理不尽故に、逆に救われないことなどもあります。

例えば、独居老人に対する悪徳商売がそういったものでしょう。

 

契約書、法律上、規定上、

道徳では片付けられないようなことが存在します。

 

「倫理」で言えば、

倫理観というものは、ある意味、

現代の自由主義のなかでは、グラデーションを持ちすぎていて、

逆差別や弱者の強のようなものも生まれています。

 

例えば、ちょっと前に、

わざと学校の先生に対して挑発して、動画を隠し撮りし、

手を出させてインターネット上にアップするなんて事件もありました。

 

また、天災や疾病に関して言えば、

「規律」も「倫理」を飛び越えて、私たちに降りかかります。

 

ある程度の部分以上は、いたちごっこのような感じもします。

「規律」や「倫理」で感覚も個々で違うとこもあり、

結局のところ、世の中は"理不尽"なのです。

できることは、

①前提…世の中は理不尽があるという前提

②受容…目の前に起きていることを理解し受け入れる

③適応…理不尽に対して対処する

ということではないでしょうか。

 

できる対処はベストでは無いかもしれません。

でも、できるだけベターを引き出すために、

3ステップは、世の中を生きる基本姿勢なのかもしれません。虹
 

 

 

いつも有難うございます。

理不尽に苦しんだときはアンフィニへ!

.

ご予約は052-253-5040まで!

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