与えられて奪われるもの | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「一時」について。

皆さんは、最近どんな映画をみましたか?

あまりみていませんか?

 

私は、最近『ミーガン』というホラー映画を見ました。

 

おもちゃメーカーで働く、技術者の女性が主人公。

AI搭載の人形が主流になりつつある状況です。

 

そこへ、姉の娘である姪が両親を亡くして自分の元に引き取られます。

しかし、子供と接したことのない主人公は頭を悩ませます。

あるとき、姪の発言から高性能トイの需要に目をつけ、

超高性能AIを搭載し、人間のように動く『ミーガン』を開発します。

 

学習型のAIを搭載したミーガンは、

最も優先させる命令"メインユーザーのために"ということから、

片時も姪の傍から離れず、献身的に寄り添います。

 

姪は、叔母である主人公よりもミーガンに依存し、

ミーガンの保護的ロジックが過剰になっていきます。

 

やがて姪にとって危険と感じる者を殺すようになってしまい、

気づき始めた主人公は、ミーガンを姪から引き離します。

その際に、ミーガンを手放したくない姪は主人公に言います。

 

「与えておいて、なぜ奪うの?!」

 

こういったことは子育ての場面でも多いでしょうね。

与えておけば静かにしている。

与えておけば自分の時間ができる。

しかし、それに子供が依存するようになれば、

禁止したり、制限したりします。

 

ゲーム、

スマホ、

タブレット、

お菓子。

 

それもが、子供が手に入れることはできず、

親や身近な大人が与えます。

 

でももっと人生を広く見れば、

私たち人間の人生というのは、そういう一時的なものだらけかもしれません。

 

"自分のモノ"なんてのは身ひとつで、

身近な人間から、何から何まで、

一時的に自分の手元にあるだけ

 

もしかしたら自分の身さえも、寿命の間だけの借り物。

 

そういった刹那な時間だからこそ、大切なのかもしれませんね。

でも逆に、刹那な時間として執着するのもまた愚かなのかもしれません。虹
 

 

 

いつも有難うございます。

刹那さで苦しいときはアンフィニへ!

.

ご予約は052-253-5040まで!

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