善の「つがい」は善ではなく何だったのか? | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「人生」について。

皆さんは、人生でどんなことを味わいたいですか?

人生には色々なことが起きますよね。

 

大体のヒーローものは、

善と悪の図式がハッキリしていて、

善が悪をやっつけるストーリーですよね。

 

映画『ドクター・ストレンジ』は、

傲慢な外科医の主人公が、事故で手の神経を損傷したことから、

藁をもすがる思いで、チベットの山奥で魔術の修行をします。

 

 

この物語のなかで、印象深いセリフがありました。

 

「悪を打ち滅ぼすことはできません。それを超える力をつけるのです。」

 

この言葉を聞いて思い出したのが、

ユダヤの聖典『タルムード』のなかにある、

「ノアの箱舟」の話です。

 

【つがい】…二つ組み合わせて一組となるもの。

 

大洪水で世界が沈む前に、ノアの箱舟には一つがいずつ、

様々な種が乗せられました。

オスとメス、男と女といった感じです。

 

そして、"善"がやってきたときに神は、

「つがいでなければ乗せられない。」

と、"善"が乗ることを拒否します。

 

もう一度、"善"は同じく"善"を連れてきたのですが、

「つがいではない。」

そういって神は乗ることを許しません。

 

やむなく"善"が、嫌う"悪"をつれてきたところ、

「よし。乗ってよい。」

と、神は許可したのでした。

こういったことから私が感じる真理があります。

 

ものごとには、必ず対極のものが存在します。

生と死、幸福と不幸、楽と苦といった感じです。

どちらかだけを味わおうとすることはできないということです。

 

どちらかだけを味わおうとしたとき、

もう片方を正しく感じることはできません。

 

どちらかだけを味わおうとしたとき、

嫌うほうを正しく見ることはできません。

 

存在することは全て、"つがい"なのです。

 

人生において、色々なことが起きたとき、

そういう気概であるならば、何かが起きたときに受け止められ、

どちらからも、人生の糧にできることができるのかもしれません。虹



いつも有難うございます。

ネガティブに疲弊したときはアンフィニへ!

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