幸せになろうとする小さな勇気は、手を洗うようなもの | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「目的論」について。

皆さんは、継続する嫌なことって何かありますか?

それはどうしようもないことでしょうか?

 

私たちは、"何かのせい"で、

不幸になりがちです。

 

「あいつがあんなことをしたから。」

「親がこんなふうに育てたから。」

「あの子があんな傷つけることを言ったから。」

「私はパートナーに恵まれないから。」

「あの友達と会うと毎回マウント取られるから。」

 

その自分が持っている「気持ち」は、

自分のものなので、"疑い"ようがないことです。

 

そして、その際に、

決定してしまうことがあります。

だから"自分は不幸"なんだということです。

 

変な表現なようですが、

人間は一旦その"せい"で不幸なんだと思うと、

不幸な状態に甘んじてしまうのです。

全体的な「事実」を見たとき、

色々な手段や行動が見えてきます。

 

例えば、

「髪が伸びてきたから不快だ。」

と、します。

 

髪が伸びたせいで不快になっている、

その気持ちは本当でしょう。

じゃあ、そのせいで不幸かといわれればそうではないですね。

 

「髪を切りに行こう。」

「とりあえず、目にかかるところだけ切ろう。」

 

それは、簡単だから?

果たしてそうでしょうか?

実際は、そういうことって不幸に思っていること全般じゃないでしょうか。

 

髪が伸びたから、髪を切ろう。

手が汚れたから、手を洗おう。

不幸を感じているから、そうじゃなくなる何かをしよう。

その何かを拒否している限りは、

自分で"不幸"でいることを決定しているのです。

その自分でしている決定は、いつでも変更できることをお忘れなく。虹



いつも有難うございます。

変更したいときはアンフィニへ!

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ご予約は052-253-5040まで!

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