普通であることの勇気 | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「普通」について。

皆さんは、自分は特別だと思いますか?

特別でありたいと思いますか?

 

親にとって、子供は特別な存在です。

いわゆる"親バカ"ってやつです。

親バカは別だっていいとかわるいとかのものではないですね。

 

昨今、スピリチュアルブームによって、

ただの親バカのみならず、スピ親バカなるものまで登場してますね。

 

「ウチの子は、愛の使者の使命を預かっている。」

「ウチの子は、神様と話して私に会いに来た特別な子。」

何かしらのカタチで、

親というのは子に対して、「優越性の追求」をしてしまうものです。

気持ちいのかもしれませんが、現実が置いてきぼりになってることも多いです。

 

それはそれとて、"特別感"を求められることは大人になっても沁みつき、

特別でないと、称賛や承認を得られない…

という思い込みにつながります。

 

すると2つの方向によって、称賛や承認を得ることになります。

 

①いいことやプラスなこと

②わるいことやマイナスなこと

 

どうであっても"特別"になることで、

自分は称賛や承認を得るしかない。

こう考えてみれば、非常に「不自由」なハナシですね。

 

アドラー心理学では、

「普通である勇気」ということを推奨しています。

 

間違ってはいけないのは、

「普通」であることは、「無能」なことではありません

普通って何?っていう方は…ちょっとこじれてますねw

 

普通であることは人生の土台です。

それを飛び越えて、フワフワした特別感だけ求めても、

その主張は承認や賞賛をあるための手段になっていることでしょう。虹



いつも有難うございます。

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