どんな生き方をしても等しく死は迎える | 青い柳の樹のように  - counselor's blog -

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名古屋の老舗カウンセリングルーム「アンフィニ」の代表カウンセラーの青柳と申します。
少しでも多くの人にカウンセリングや心に関心を持つ機会になって頂ければという願いを込めたブログです。
皆様の生活に身近に感じられ「気づき」になれますよう。

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心理カウンセラーと心理学を身近にするブログです。
皆さん、本日の心の天気はいかがですか(^^

さて、今回は「死」について。

皆さんは、いつか死にませんか?

死なない人はいないですね。

 

どれだけ天才的な才能があっても、

どれだけ強靭な肉体があっても、

仏陀やイエスのような聖人であっても、「死」は例外ではありません。

 

人間は、本能が壊れているので、

必要以上に「生」を貪ります。

 

もっともっと欲しい!

もっともっとあの人やこの人よりも!

もっともっと…。

 

足ることを知らなければ、

どんな状態であっても、不満や怒りは沸き立ちます。

また、「死」を忘れることで、

自分の執着を晴らすために時間や労力を浪費したり、

心ここに非ずな時間を過ごすこともできてしまいます。

 

哲学者ハイデガーはこういいます。

 

「人は、いつか必ず死ぬということを思い知らなければ、

 生きているということを実感することもできない。」

 

「死」について考えることで、人生ということも見えてきます。

私たちは、終わりのある旅をしているようなもの。

ならば皆さんは、どんな「旅」をしますか?

 

「旅」はツアー旅行じゃありません。

誰かが旗を振って、こっちですよーと案内するものでもありません。

誰に出合い、どう楽しむかは自分次第なのです。

 

折角であった他の旅人とも、会話をすることもできれば、

そのまま会釈をして通り過ぎることもできます。

 

何かに感動することもできるし、

ただただ宿に泊まって過ごすこともできます。

 

本当に楽しむのであれば、瞬く間に移動するような、

ギチギチの詰め込みスケジュールでは、

刹那に楽しんだ気になる程度でしょう。

 

「死」を知って嘆き続けることは、旅の終わりを憂い続けるようなもので、

大切な人とも、時間も、全然楽しめないような本末転倒なことです。

知るだけでなく"受け入れる"ことが大切です。

 

ちゃんと「死」を受け入れることができたなら、

ちゃんと「老いる」こともできるでしょうし、

「生きる」ことも、ちゃんと考えることができるのです。虹



いつも有難うございます。

受け入れられない人はアンフィニへ!

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ご予約は052-253-5040まで!

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