みなさま、こんにちは。
今日もこちらにお越しくださいまして
誠にありがとうございます。
今回は、前回の続きで、
2009年の、私がIRMをはじめて
2ヶ月くらいの頃の出来事を
当時のブログ記事をもとに
書かせて頂きます。
当時の記事ここから
↓ ↓ ↓
<幸田先生の教え>
しっかり自己観察できれば、
絶対安心、絶対幸福の世界に行ける。
それは敵がいなくなる世界である。
そこまで、観察を徹底することが大切である。
<前回のあらすじ>
管理している駐車場の前に
突然屋台が現れ、どいてくれず、
困っていた。
先生から教えて頂いた
「対処ではなく、感情を見る」
という自己観察をしたところ、
仕事への感謝のない
自分の姿が見えた。
それを反省した翌日(日曜日)、
屋台は移動し、影響がなくなっていた。
それから、日を追って書いていきます。
月曜日
屋台はどこにもなく、安心しました。
火曜日
駐車場の前の道路の反対側
(距離にして6,7mくらい)
のところでやっていました。
そこなら、私としてはOKでした。
よく考えたな、とも思いました。
(現金なものです)
このように現実が変わるのだ、
と、感動しました。
(ただ、そちら側には
別のお店があるので、
当然そこから文句が出るだろう
とは思いました。)
水曜日
夜、仕事が終わってから
見に行くと、元の、
私が困るところでやっていました。
(がっくりきました。)
そこで、
警察に行って届けたところ
「今、別の人から
110番通報があって
警官を現場に向かわせています」
とのこと。
何度もになるので、
よくお願いして、帰ってきました。
で、母に伝えると
「その後、現場には行ったの?」
と言われました。
「何で行って確認してこなかったの?
ダメねえ」
と言われた、と受け取り、
腹が立ちました。
怒りです。
そこで、観察しました。
情報は
「その後現場には行かなかったの?」
と言われたこと。
シーソーの反対側は、
それを言われないこと、
つまり、病気、ケガ、痴呆などで
それどころではない状態であること。
そっちがいいのか?おまえは?
よくない。言ってもらえる
(健康な)今のほうが、いい。
ありがたい。
というところに、着地しました。
それに、その言葉(情報)自体は、
プラスでもマイナスでもありません。
むしろ、仕事としては
その方が丁寧なことです。
「その方が丁寧な仕事なんだよ」
という選択肢を教えてくれている、
と捉えることもできます。
(私は、テキ屋さんに顔を見られている、
という意識があり、
現場に行くのは怖かったのです。)
怒りが、感謝に変わった瞬間でした。
これで変わる、と思いました。
木曜日
夜7時、見に行くと、
出されると困る場所で、
車から屋台一式を出している最中、
のようでした。
(変わっていなくて
本当にがっくりきました。
期待していただけに。)
なので、少し時間をおいて、
実際に屋台が出てから
警察に通報しよう、と思って、
近くの書店で
時間を作ることにしました。
で、書店をうろうろしながら
「何でまだ現れるんだろう?
まだ何か見つけるべきことが
あるんだろうか?」
と、もういい加減イヤになりながら、
観察しました。
私は、駐車場側の道路の、
その場所で店を出されるのが、嫌なのです。
(現に、何メートルか先の、
道の反対側なら、
問題なかったのですから。)
そして、テキ屋さんはまさしく
その場所で開くことに、
こだわっています。
警察に何度も注意されても、
そこで開くことに、努力しています。
その場所を、愛しているのです。
ひるがえって、私はどうか?
今の場所で、
お店をやれていることに、
感謝はあるか?
勿論、感謝していますが、
「そう言われれば」ということであり、
どちらかといえば、当たり前、
の感覚の方が大きいです。
「愛している」には程遠いです。
ああ、これだ、
場所に対する感謝を知れ、
今の場所に店を構えていられることに
感謝しなさいよ、
ということだ、と思いました。
思えばその通りです。
1階であること
駅前ではないものの、
歩いて3分くらいであること。
大通り沿いであること。
これは、
すごいありがたいことなのです。
でも、当たり前のこと過ぎて、
改めて感謝したこともありませんでした。
そんなことを考えながら、
15分くらいしてから、見に行きました。
何と、道の反対側
(困らないところ)に出していました。
その後、10時ごろに見に行ったら、
影も形もありませんでした。
金曜日
一日中、出ていませんでした。
土曜日
出ておらず、
「やっぱり場所に対する
感謝が決め手だったか」
と感謝しながら、思っていました。
母は「今日はお祭りだから、
出るかもね」と言っていましたが、
気にしませんでした。
そして夕方。
商店街を下を向いて歩いていると、
モーター(発動機)の音がしました。
ふと見上げると、
見覚えのある大きな傘が!
例の屋台でした。
商店街のお店が最近一つ移転し、
空き地になっていて、
そこの前でやっていたのです。
駐車場の前よりも人通りも多いし、
追い立てられることもないのでしょう。
彼らにとっても、
安住の地なのだと思います。
テキ屋さん(敵)が、
いなくなりました。
先生が教えて下さった通りでした。
「よかった」本当に安心しました。
この問題は、
本当に、いろいろなことを教えてくれました。
問題への対処法(幸田先生の教え)
自分の、仕事への感謝のなさ。
場所(環境)への感謝のなさ。
「これからも、
感謝をゆめゆめ忘れるでないぞ」
と、宇宙さんが
言ってくれているように思います。
一部始終はこの通りですが、
何がよかったか、は私にもわかりません。
でも、観察を徹底することで
現実が変わったのです。
ありがたい方向に。
これは、目に見える事実です。
私は、これを続けていきます。
幸田先生、ありがとうございます。
↑ ↑ ↑
当時の記事ここまで
改めて読み返してみて
「観察の意識の徹底」が
すごいなと思いました。
テキ屋さんが
「その場所で営業をすること」が
イヤなのだと、
自分自身の気持ちに気がつくこと。
そして、それと自分とのリンク。
(鏡として観る、ということの
進化形=自分はやれていない
という、自分と反対を見せられる
=鏡に映ったら、左右反対に
映りますね)
とにかく
「観察の意識」が
すごいと思いました。
今、自己観察をしていて
早く浄化したいがために
出来事はこう
感情はこう
価値観はこう…
と、往々にして
丁寧でなく、行なって
しまいがちになります。
ですが、文字通り
「観察」なのです。
辞書には、「観察」は
「物事の状態や変化を
客観的に注意深く見ること」
とあります。
自分自身
自分の感情
身の周りの出来事
身の周りの人、状況
…
これを丁寧に「観察」した上で
自己観察に臨みたいと
改めて思いました。
ここまでお読み下さいまして
誠にありがとうございました。
みなさまにとって
今日も魂が喜ぶ
最高の1日になりますように
心からお祈りしています。