こんばんは。
今回もご訪問くださいまして
誠にありがとうございます。
ある深夜12時近くのこと
急に、ラーメンが食べたくなりました。
インスタントラーメンでよかったのですが
買い置きがありませんでした。
で、買いに行けばいいのですが
ある原稿の締め切りが迫っていたので
それに時間をかけるのも・・・という感じでした。
で、考えました。
自分はラーメンの何が食べたいのかな?と。
パスタは、買い置きがありました。
でもそれにはあまり手が伸びませんでした。
麺が食べたいわけではないらしい。
ではスープか、と思い
よくよく自分の中を観てみると
しょっぱい系の汁ものがほしいんだ、
ということがわかりました。
で、味噌汁をつくって
そこにごはんを入れて
(要するに「にゃんこめし」です)
いただきました。
おいしいのなんの!
ああ自分はこれが欲しかったんだ、
と思いました。
すごく満足しました。
で、何が言いたいかというと
何かが欲しいと思った時に
その中の何が欲しいのかをほりさげて考えることで
そのもの(ここで言えばラーメン)は手に入らなかったとしても
十分に自分の欲しかったもの(にゃんこめし)
は手に入る可能性はある、ということです。
(それで満足しなさい、ということではなくて
本当に、欲しいものの素の素が手に入る感覚というか)
僕もよくやってしまうのですが
「楽しい時間を過ごしてもらいたいと思って
誰かとどこかに出かけたのに
ちょっとしたことで自分が腹を立ててしまって
全然楽しんでもらえなかった」
なんていうことはないでしょうか?
それも感情が湧いてくることなので
本格的には自己観察、となるのですが
本当に自分が望んでることをもっと意識できたら
もっと違ってくるんじゃないかな、
そういうことも減ってくるんじゃないかなと
自分自身の反省を込めて思います。
イヤなことについてなぜイヤなのかを掘り下げていくのが
自己観察なのに対して
自分の好きなものについて、
なぜこれが好きなんだろうと掘り下げていくのを
「創造的自己観察」と言いますが
それをすることで、自分の喜びや幸せ、快感の素
(ギュッと濃縮された感じのもの)
を手に入れることができるでしょう。
ピンポイントで自分を元気にするツボを
自分でわかるようになるというか。
もしよかったら
お試し頂ければ・・・
ここまでお読み下さいまして
本当にありがとうございました。
今日もあなたの笑顔がより増えますよう
お祈りしております。
上野聡一朗 拝
※
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