おはようございます。
本日もご訪問くださいまして
誠にありがとうございます。
よく幸田先生が
「与えたものが返ってくる、というか
与えたものしか返ってきませんから」
ということをおっしゃいます。
翻って、上野はよく人のことをバカにしてきました。
「なんでこの人こんなこともわからないんだろ」
「こんなこともできないんだろ」
って思っちゃうんですよね。
自分のことは棚に上げて。る
自分だってわからないこと、できないことが
山ほどあるくせに。
ほんとにわれながらお恥ずかしい限りなのですが
だから、やっぱり
「バカにされる」が返ってきましたし
何か言ったりやったりするに際して
「バカにされるんじゃないか」という不安感に
さいなまれていました。
(もっとさかのぼると
小、中学生の頃はいじめられっこでしたが
「バカにされる系」のいじめが
多かったように思います。)
おかげさまで今では
バカにすることもされることも
されるんじゃという不安感も
かなりなくなってきました。
なぜかというと
いろいろな事が起こってきて
そのたびに自己観察してきたからです。
そのたびに
「自分ってこんななんだ!?」と
自分の姿があらわになるので
少しずつですが、望ましい方向に
シフトしてきたんじゃないかなと思います。
自己観察をするようになると
本当にいろいろなことが
起こってきます。
いえ、本当はその前からずっと起こってきていたんでしょうが
そのことに気づかなかったのです。
それを、前より気づけるようになった、
ということです。
「ざる」にたとえると
ざるの目が前は粗かったものが
自己観察をすることで
どんどん目が細かくなっていき
以前はスースー通り抜けてた(気づかなかった)ものが
ざるの目にひっかかるようになる(気づけるようになる)
ということです。
「なんだじゃあ前よりイヤに感じることが増えるってコト?」
とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。
確かにそういう一面もなくはないと思いますが
ちょっとの違和感にも気づけて
より快適に過ごせる選択肢をえらべるようになる、
と言った方がいいかもしれません。
それに、周りの人に対しては
前よりも寛容になれるのでは、と
自分の経験から思います。
自分も同じ事やってるよな、
と本当に思えるので
逆に「よくぞ(自分の姿を)見せて下さいました」
みたいな気分になります。
何だ自分じゃん、みたいな感じになってきます。
勿論他人なんですけど
本当に自分の一部がそこに映ってるみたいな心境になって
バッサリやれなくなります。
(バッサリやる気持ちがなくなります。)
ということは
与えたものが返ってくる、ですから
バッサリやられることもなくなる可能性が高まります。
その分ラクに生きられる、となります。
おかげさまで、以前よりずいぶんラクになっています。
ここまでお読み下さいまして
ありがとうございました。
今日もあなたの笑顔がより増えますよう
お祈りしております。
上野聡一朗 拝
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