失敗とは? | 運命☆好転!ハッピーブログ  ~人生をよりハイクオリティにする1つの方法 IRM~ 

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近未来型メンタルヘルスケアメソッド IRM(アイアールエム イデアリーディングメソッド)をやさしくわかりやすくご紹介しています。

こんにちは。







<幸田先生語録>





自己観察は、

ひとつの観察からまた別の観察が出てくることがあります。

いも掘りのように、丁寧に奥深くまで掘っていくことで

思いもよらぬ価値観を見つけることもできます。




ひさびさに自己観察、いってみます。







上野は中学時代、いじめられていました。

いじめられたことよりも

反撃できなかったことを

すごく悔いていました。




そのことについて。




①出来事




中学時代、いじめられて

反撃できなかった。




②感情




恐怖




③価値観




いじめている相手そのものは

正直怖くなかった。




何が怖かったかと言うと

その相手を倒したら

もっとすごいのが出てくる。

それを倒したらまたもっとすごいのが出てくる、

という具合にエスカレートしてきて

チェーン持った相手がブルンブルン振り回しながら何十人もやってきて

その相手しなきゃなんないのはイヤだな、怖いな、

と思っていた。




全部上野の妄想。




目の前の相手ではなく、その妄想に恐怖していた。







笑い話みたいだが、本当の話である。

当時、本当にそう思っていた。




で、反撃できずに

さらにエスカレートしていった。

悪循環の典型。




で、そのことが

「自分は弱い」

「自身がない」

という根っこになった。







で、ふとしたきっかけで

このことにフォーカスをあててみた。




すると、面白いことが分かってきた。




「目の前の相手を倒す」ことは

もうすでに前提になっているのである。




妄想でも何でも

これが自信と言わずに何と言おうか?




次々倒して

チェーン何十人まで持ってくるんだから

ずいぶんな自信なのだ。

よく考えてみれば。




で、これは過信ともいえるかもしれないが

それなりの裏打ちはあるようだ。




小学校のころにケンカして体当たりしたら

相手が吹っ飛んで壁に激突して

気を失った、という記憶があるのである。




それでトラウマになって反撃できなくなったのかは分からないが

ともかくそういうことがあったのである。




それがその自信(過信?)の

裏付けになっているのかもしれない。




で、そうした時に、

「自信がないというのは本当か」

「弱い、は本当か」

ということである。




これで観る限り

「自信がない」とは言えそうにないし

「弱い」かどうかもわからない。




そんなことを思う必要はなかった、ともいえるかもしれない。







ただ

「何かにチャレンジする時に

必要以上に自分の不利になる想定をして

ストップをかける」

という思考パターンがあることはわかった。







なぜそんなものを持っているのか?




そこを観察してみよう。







①出来事




チャレンジする時に強烈にストップする。




②感情




恐怖。

チャレンジへの恐怖。




③価値観




はじめたら失敗しちゃいけない。

そういう価値観がある。




では「失敗」とは何か、

考えてみる。




失敗とは

自分が失敗と認めること。


エジソンはフィラメントの発明の時

700回くらい失敗しても

「こうではないという発見をしたのであって

その意味では成功だ。

決して失敗ではない。」

と言い張った。


エジソンは、失敗していない。


他の誰が「失敗」と言おうが関係ない。


他人は関係ない。

ということではない。


自分にとっての意味、

という意味において、他人は関係ないはず、ということ。


自分がそうだと認めない限りは

失敗はない。



話は飛ぶが

上野は

最初の就職では6カ月

2度目は3年で辞めている。

志半ばでやめている。

そのことで、すごく自分を責めている。

挫折したと思っている。

失敗したと思っている。

情けない奴だと思っている。

その当時は、生きてる価値ないと思っていた。


でもそれも

「これではなかった」または

「このタイミングではなかった」

ということかもしれないと

改めて思った。


だって、両方とも

もしあのままうまくいってたとすると

すごい傲慢な人間になっていたはず。


そうでなくても

そうでない上野でも

すごく傲慢な人間になったのだから

もう、あれでうまくいってたら

手のつけられないほど傲慢でイヤな奴になっていたに違いない。

ほんとにそう思う。


だから、あれは、失敗ではない。



あくまで通過点・プロセス。


大切なのは、

この先どうしたいか。



どれだけイヤな過去だったとしても

その先に起きた出来事で

どうにでもその意味付けは変えられる。


いわゆるどん底から這い上がった成功者が

「あのどん底があったからこうなれた」

というのはよくある話。



大切なのは、いつでも、これから先。


失敗は、ない。

逆にいえば、すべてが失敗。

すべてが過程、という意味で。


すべてが失敗なんだから

失敗を恐れる必要はない、ともいえる。


いいかげんにやるということではなくて。


失敗のない世界で

何をしたいか?



純粋同期に行きたいと思います。



ここまでお読みくださいまして

貴重なお時間を頂戴しまして

本当にありがとうございました。


あなたにとって

今日も「生きててよかった}と

思える1日でありますように!