おはようございます。
本日もお越し下さいまして、誠にありがとうございます。
ふと思いましたが、日本語って、ひらがな、カタカナ、漢字、とバラエティに富んでますね。
同じ言葉でも、何で書くかでずいぶん雰囲気が変わってきます。
幸福、という言葉でも
しあわせ
シアワセ
幸せ
使いたい場面がそれぞれ違ってくる気がします。
日本語って豊かだなあ、と思います。
そんな日本語が使えて、しあわせです。
さて、前回の続きです。
<幸田先生語録>
その出来事が起こっていることで、何が嫌なのかをしっかりと観ること。
出てくる感情が何なのかをしっかりと観ること。
警察に言われて移動したはずのテキ屋さんがまた舞い戻ってきていました。
そこで、先生に教えて頂いた方法(心のシーソーのバランスをとって宇宙にオーダーを出す)を行なった後、屋台がここに出ていることで何が嫌なのかを、しっかりと観るようにしました。
最初は、はた迷惑な事をするテキ屋さんに対する怒り、だと思っていました。
でもどうもしっくりきません。
なのでもう一度よく観てみました。
すると、「こんなところに出されたんでは、借主さんからクレームが来る。よけいな仕事を増やしやがって。」という思いが強いことが分かりました。
また、その屋台を最初に見つけてきたのはいっしょに働いている母でしたが、その母に対しても「よけいなものを見つけてきやがって、また仕事が増えるじゃないか」という、お門違いの怒りを感じていることに気づきました。
そこからわかるのは「仕事があること、仕事させられることが嫌だ」という思いがあることでした。
これをまた心のシーソーに乗せました。
これがシーソーの片側だとすると、反対側は「仕事がないこと」です。
たとえば、その駐車場自体が何らかの事情でなくなってしまうとか、よその不動産屋さんに頼むことになるとか。
この2つを見比べたとき、どっちがいいのかを考えました。
やはり、仕事がある今の方がいいわけです。
つまり、仕事への感謝の念がなかったわけでした。
そのことを気づかせてくれるために、テキ屋さんがわざわざ身を乗り出して、警察の注意も振り切ってまで、教えてくれたわけです。
「今これだけ仕事がないないという社会になってる中で、とんでもない話だよ!」と。
改めて、仕事があることに、感謝しました。
そしてここに来て初めて、テキ屋さんに対しても感謝の念が出ました。
「気づかせてくださいましてありがとうございました」と。
思えば、先生が
「しっかり観察できれば、テキ屋さんが敵(テキ)でなくなるよ。無敵の世界になるよ」
と教えて下さっていました。
そして翌朝、屋台はなくなっていました!
いつもそこを見るときには、目にしていたのに!
夕方見ると、車に屋台を載せこんでいるような感じでした。
そこに出したのか、違う場所で営業したのかはわかりませんでしたが。
完全になくなったわけではありませんでしたが、目に映る現実が変わっていったのは事実で、自己観察のおかげと思い、先生と自己観察に感謝しました。
※もう少し、このお話には続きがあります。
また次回、よろしければお付き合い下さいませ。
ここまでお読みくださいましたあなた様、本当にありがとうございます。
あなた様にとって、今日も最高に充実した1日でありますよう、心よりお祈り申し上げます。
それでは、失礼致します。