こんばんは。
文頭にまず、フォロワーの皆さま。
わたしの気ままでマイペースなブログをフォローしてくださり、ありがとうございます。
アメブロさんに引っ越しさせていただいて1年3か月が経ちましたが、以前のYahoo!ブログにはなかったフォロー機能でフォロワーになってくださった皆さんに何のお礼もできずに申し訳なく思っていました。
それでフォロワーさん限定で記事公開できるものと思い込んで、そうしたいと思っていたのですが...。
アメンバー限定か全員に公開かの2択であることがアップしてからわかって(汗)。
失礼しました。
アメンバー申請してくださった皆さまはすべて承認させていただきますが、記事を書き終えてみて、今のタイミングなら限定公開でなくてもよいかもしれないと思えたこともありましたので、今回は全員公開に切り替えますね。
混乱させてしまい、ごめんなさい。
でも、勘違いながらも、”フォロワーの皆さまに向けて”という思いがあったので書くことができたと思います。
ありがとうございます。
では、以下、少し心境を書かせていただきますので、よろしければお付き合いくださいませ。
焼き鳥いわたさんの記事は、お店の看板のあとから書きますね。
ブログを始めてみて、文字数制限なく、大好きな氷川きよしさんのことを書けることに至福の喜びを感じるようになりました。
普段、主に雑誌のライターの仕事をしていますが、雑誌は記事を掲載する誌面の文字数に合わせて、伝えるべきこと、伝えたいことをまとめなければなりません。
でも、きよしさんについて書くときは、呼吸や髪のひとすじであっても、感動した瞬間を克明に書きとめたいという思いがあるので、ひとつの記事の文字数制限が3万文字(400字原稿で75枚)のブログは、そのわたしの思いを満たす場になっています。
心の動きや、空気の流れさえも書きとめてみたいと思い、いつもかなりの長文になっています。
自分でもすぐに読み返す気持ちにならないこともあるので、当然読みにくいと感じる方もおられるでしょう。
そのことはとても心苦しいのですが、わたしにしてみると、どこまで書きとめられるのかがここでやってみたいことであり、おこがましいかもしれませんが挑戦なのです。
それでも、デリケートな話題は、ブログを応援してくださっているお友だち(わたしがこのブログを書いていることを知っている2人の友人)に相談して、書くことを控えたこともあり、100パーセント書きたいことを心のままに書くことが難しいことも知りました。
また、ある時期までは思いや情報を共有したいとテレビや動画を写メした画像を載せていましたが、動画の静止画はその画像自体を掲載することをきよしさんサイドが認めていないものなので控えることにしました。
たとえば雑誌に掲載するのであれば、アーティストの画像はもちろん、CDのジャケットや雑誌の表紙、グッズ画像さえ許可が必要になりますが、アーティストの画像についていえば”許可の有無”という問題があるだけで、その画像が世の中に公表されることは認められています。
でも、動画の静止画はある一瞬を切り取ったもので、その画像を公表することは認められていないのです。
これは仕事柄、掲載する1枚を100カット以上ある中からマネージャーさんが選ぶ作業を見てきているから感じることでもあります。
たとえばOKになった20カット目とその直後に撮った21カット目とは、わたしなどにはパッと見では違いがすぐにわからないということもありますが、マネージャーさんはすぐにその違いを判別し、アーティストイメージにいちばんふさわしいものを即座に選ぶことができるのです。
また映画やドラマの場面写真も、基本的には公式に用意されたものを使います。
以前、事情があって版権主も代わり、場面写真が散逸してしまった映画なのですが、どうしても場面写真付きで紹介したいということがありました。
そのとき、現在の版権を所有する会社の担当者に相談したところ、”映像から撮って掲載することは最後の最後にしてほしい”といわれて。
映画を撮られた監督さんに連絡をとることにしたのですが、結局、監督さんも持っておられなかったのです。
でもそういう事情ならと監督さん自らが映像から3枚の場面写真を撮って、版権主にも話を通してくださったということがありました。
そんな経験のなかから、いくらブログがグレーゾーンだといっても、きよしさん自身を写したテレビや動画を切りとった写メを掲載することは、掲載許可の有無以前のルール違反になってしまうと判断して、ある時期から控えることにしたのです。
昨年後半、きよしさんのインスタグラムに画像の無断掲載を認めない旨の断り書きが書き添えられましたが、それはインスタグラムの画像を用いて、さも、きよしさんに最新取材をしたかのように、けれども内容は歪曲した記事をアップするWEB媒体が出てきたからではないでしょうか?
きよしさんを応援してくださる媒体の善意の転載や、ファンどうしのやりとりは事務所サイドはむしろ歓迎してくださってきたと思うのです。
取材をしないでWEBから材料を集めて書いた記事を”こたつ記事”というのだと、お世話になっている編集者の方に教えていただいたのですが、インスタをそのまま伝えるならまだしもきよしさんのメッセージを歪曲したり、他のWEB記事とドッキングさせたり...。
当のきよしさんに会ってもいないし、ひとことも話していないのに、そのことを明確にせず、まるで取材をしたかのように書いている記事をたくさん見かけるようになりました。
それだけきよしさんへの注目度が高く、きよしさんのことを書けば反響が大きいということはわかりますが...。
事務所さんも将来を見据えて、予防線を張られたのだと感じました。
日々変わっていくSNS環境ですので、わたしも勉強し、試行錯誤しながら、今年もブログを続けていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
さて、こちらはきよしさんのご親戚(お母さまのお姉さんとそのご主人)が営まれていた”焼鳥いわた”さんの看板です。
昨年の11月4日、5日に福岡サンパレスできよしさんがコンサートを開催され、わたしは5日の昼夜に参加させていただきました。
そのときに、前ノリされていたお友達のYさんがお店にいってみたところ、別のお店になっていて、いわたさんが今年の春以降に閉店されていたことをおしらせくださったのです。
Yさんはきよしさんのコンサートで福岡を訪れるたび、いわたさんに来店されていらしたのですが、当初はきよしさんもコンサートの後、お店に立ち寄られ、お仕事関連の方を伴われていた時は、きよしさん自らがジョッキビールを運ばれていたこともあったそうです。
そんなきよしさんを来店されているファンの皆さんは静かに見守り、あくまでお店のお客様として振る舞われていたそうですが、きよしさんの人気の高まりとともに、”知る人ぞ知る”お店のことが、次第に広まって、ある時期からきよしさんが来店を控えられるようになったということでした。
それでも、Yさんはおじさんとおばさんに会いにコンサートで福岡にいらした時は必ず訪れていたそうです。
年齢を重ねてきて、”お店をいつまで続けられるかしら?”と、数年前からおばさんがYさんに話しておられたことやコンサート後にきよしさんが来店されていた当時のエピソードなど、すべて昨年、伺いました。
Yさん、大切な思い出をお話しくださりありがとうございます。
わたしは2019年にただ一度だけですが幸せなことにいわたさんに伺ったことがあり、あの時は今にして思えば相当に無謀な旅程でしたが、どうしてもこの機会に行きたい!と、もうそのことしか考えていなかったことが思い出されます。
一昨年の9月30日に鹿児島県日置市で開催された「NHKのど自慢」の予選会と公開放送に参加させていただきました。
じつは、その数年前にもこの会館で「NHKのど自慢」が開催された折にも伺って、伊集院にお友だちができたこともあり、再会もかねて応募したところ、当選できたので、ふたたび訪れたのです。
その時、九州新幹線で鹿児島から博多に移動すれば、いわたさんに寄れるんじゃないかしら? となぜか思いついたのです。
一昨年までの数年間、ツアーファイナルが大阪で開催され、わたしはそちらに参加するようになっていたので、同じ月に前に開催される福岡コンに参加することが難しかったこともあり、今しかない! という思いがむくむくとわいてきたのでした。
日曜日は定休日だったので、前日の予選会をあきらめて福岡に直行して、当日、日置市に移動するプランまで考えたのですが、この時は土曜日も休業されているとわかり、あきらめかけて...。
でも、どうにかならないかしら? とさらに考えて、30日に福岡に移動して1泊し、翌日7月1日に開店してすぐにいわたさんに伺って、最終便で東京に戻ることを考えついたのです。
20周年記念コンサートを目前にしたあの時期、きよしさんの原点のひとつである場所に身を置いてみたかったのでしょうか?
なぜそれほとまで?
それは自分でもよく説明できないのですが、なぜだか絶対に行く! と、のど自慢のための九州行きなのに、いわたさんに伺うことを前提に旅程を考えていたのでした。
その時のこと、「NHKのど自慢」のご報告を書いた記事のなかに少しだけ書いています。
そのプランを決行して、予選会と公開放送をご一緒させていただいたお友だちと別れ、雨が激しく降っている鹿児島から新幹線で博多に...。
その日の様子は、上記ブログに書いていますので、よろしれけばお読みくださいませ。
さてさて、7月1日、いわたさんに開店時間より10分ほどした頃に着いたのですが、しーんとしていて、入口から、お声をかけたところ、おばさんの明るいお声がかえってきて、すぐに奥のお席にとおしてくださったのです。
お客様はわたしひとり。
台風の影響で雨が降り出していたこともあったかもしれませんが、カウンターにすわって、ちょこっといただいて帰るというイメージとはある意味、真逆の展開になったのです。
わたしがすわった席の横には、きよしさんのサインとメッセージが書かれたポスターが貼られていて、あれは「大井追っかけ音次郎」のときのものだったと思うのですが、何かのはずみで大きく破れてしまったものを大切につないで貼られていました。
わたしは経年を感じさせるポスターが20年近くお店の壁に貼られ、お店を見守ってきたことを感じて、胸があたたたいものでいっぱいになったのです。
そして、そのポスターに視線を送って(笑)、”きよしさん、やっと来ることができ、夢が叶いましたましたよ、ありがとう!”と心のなかでつぶやいて。
そこで、おじさんの渾身の焼き鳥とお料理を一品一品いただいたのです。
”キャベツどうぞ”
”おなかいっぱいになった?”
と、できあがったお料理を運ばれてくるたびに、おばさんが優しく話しかけてくださって、何品目かの時に、
”どちらから? お仕事ですか?”
とおききになられました。
さすがに”東京から、前日ののど自慢を観覧した足で延泊して伺った”といったら驚かれてしまうかしら? とそこは冷静になって(笑)、昨日、東京から仕事で来ていて、用事は終わったけれど、こちらに寄りたくて延泊した”とういようなことを答えたと思います。
わたしが入店して1時間以上したところでビジネスマンの男性おふたりが来店されて、わたしはそこは予定どおり早めに空港へ移動しようと、最後の一品を待ちながら、事情をお話しして、先にお勘定をしていただくことにしたのです。
そのため、席を離れてカウンター近くまでいったところ、
”今作ってるから、まあ、お茶でも”
ということになり、空いていたカウンターにすわらせていただくことに。
”こちらの方、きよしのファンの方で、うちに寄るのに1泊してくれたんだって、嬉しいよね”
とおばさんが、おじさんに。
以下、博多弁を再現できないので、東京弁で書きますが、
”それはどうも”
といいながらお顔をあげられたおじさんは、俳優さんと見紛う素敵な方でした。
わたしは、そこまでにいただいたお料理の数々に感激していたので、おじさんに、どこがどうおいしかったかと、あれこれとなんだかいろいろしゃべってしまって。
そこからは世間話に花が咲く状態に(笑)。
わたしが、
”こちらにずっとずっと伺ってみたかったんです。きよしさんがいつもおいしいお店とお話ししていて、伺ったことのあるお友だちからも、おいしくて素敵なお店ときいていたんです”
というようなことを申しあげると、
”きよしも、お母さん、お父さん、じいちゃん、ばあちゃんの話をして、話すことがななるとわたしの話、するんでしょう。(引退する)安室ちゃんも、(この間の番組で)コンサートで話すことがなくて困ることがあるっていってたでしょう?”
とおばさん。
わたしは、そこで、きよしさん同様、おばさんも照れ屋さんであることを察知したのです(笑)。
”そんなことありません。上京する時、おばさんが上京するための飛行機代を出して下さったことや、修業時代にさびしくて電話ばかりしていたら電話料が大変なことになって、お母さんにはいえなくて、おばさんに貸してもらったこと。
あとはお母さんがふとおばさんだからお話しされたことを、おばさんがきよしさんにそっと教えてくれたこと。
これまでラジオ番組やコンサートできよしさんが折々にお話しされてきているので、ほんとうにありがたいなってファンは思っているんです”
というようなとを一気にお伝えしたかと思います。
すると、おじさんが、
”そういうことをさ、ずっと忘れないでいるっていうのが嬉しいねえ”
と。
照れ屋さんのおばさんはそのお隣でニコニコとううなずかれていました。
帰宅してから、母に、そのやりとりを話したら、それ、おじさんに内緒じゃなかったの? 言っちゃって大丈夫だったの? といわれて、そうか! と思ったものの、おじさんのこの時の言葉を思い返すと、おじさんも了解してのことだったのではと思うのです。
今も変わらず、きよしさんをおばさんが支え、おばさんをおじさんが支えておられるのだなあと、じんときたのでした。
このとき、ふとおじさんが、わたしのグリーンのベルト付きの籐のバッグをほめてくださったのです。
”東京の人は違うね~。そのバッグなんてこのへんでは見たことない”
と。
それで、大丸さんのすぐ近くのいわたさんですから、大丸さんのウインドーに最新のハイブランドの商品が並んでいることを申しあげました。
”そんなことないですよ。大丸さんには東京と変わらないものが並んでいますし、博多は都会だなって思います”
そんなふうに申しあげたかと思います。
”シャネルとかグッチだとか並んでるけど、値札のゼロの数見たら、誰が買うんだろうって(笑)”
おじさんはそうおっしゃると、それはそれで、わたしのバッグはとても素敵だし、似合っているのだとまたほめてくださったので嬉しくなりました。
ここでバッグの話題をうけて、おばさんが、
”わたしはこういう手さげばっかり使ってるのよ~”
とおっしゃると、
”わたしの妹、きよしさんのお母さんなんだけどね、妹がいろいろ持ってきてくれるの。あの人も貧乏性っていうかね、景品や付録に付いてくるようなものばっかり使ってるの”
と。
そうなんだ~。
きよしさんがふだんからお話しされるお母さま像とぴったりと重なるエピソードに嬉しくなってしまったわたしに、
”ほらこんなにたくさん。キティちゃんのはみんな、あの人がくれたの。姉ちゃん、キティちゃん好きやろって”
と、おばさんは、引き出しを開けて、きよしさんのお母さまがくださった手さげを嬉しそうにみせてくださいました。
いくつぐらいあったでしょうか?
そこには色とりどりの手さげやエコバッグがきれいに折りたたんでしまわれていて、わたしはきよしさんのお母さまのお人柄を感じて、胸がいっぱいになりました。
そして、きよしさんはこんなにも温かな方達に育まれてきたのだなあと感じ入ったのです。
なんだかそこにずっととどまっていたかったけれど、飛行機の時間が迫ってきていて...。
そこでいよいよおいとましたのでした。
今にして思うと、おばさんもおじさんも福岡から東京行きにそんなに遅い時間の便があるなんて思われていなかったかもしれず。
延泊というのはお店に訪れたその日のことだとおばさんは思われていたかもしれませんね。
そして、今、閉店されたことを思うと、あの日も泊まることにして、もっと長くいさせていただけたらよかったなあと...。
でも、欲をいったらキリがありませんね。
あの時、どうしてもこのタイミングで行くのだ! という思いに突き動かされて、最後は福岡空港で駆け込み搭乗することになりましたが、お店に行くことができました。
そのことを思うとありがたさでいっぱいになります。
きよしさんのお母さまのエピソードは、親しいお友だちにだけお話ししたのですが、できればブログをいつもお読みくださる方にもお伝えしたかったのです。
でも、いつもブログのことを相談させていただいているお友だちのひとりが、
”自分だけ聞かせてもらってこんなことをいうのもとは思うのですが”
と前置きされ、
”いわたさんはきよしさんのおじさんとおばさんのお店だから、マルルさんがこれまで訪れたきよし君と交流のあるお店の方達ととは比べ物にならないくらい特別な思い入れがある方たちがいて、私こそは特別という思いで長年通いつめている方もしっています。
わたしはいわたさんで今回のマルルさんとのようなやりとりをしたという話を聞いたことがないので、私こそが特別だと思っている方が、マルルさんのブログを読まれて、どんな感情を抱くか心配です。マルルさんはもちろん、いわたさんも嫌な思いをされてはと”
わたしは彼女の真心のアドバイスが心にしみ、これまで書かなことにしたのです。
その後ももちろん、数年来の交流のなかで彼女がそんなに厳しいことを言ったのはあとにも先にもその時だけでした。
ありがたいです。
でも、いずれ何かの形で書きとめておきたかったものですから。
焼鳥いわたさんが、惜しまれて閉店されたこともあり、おじさんやおばさんにご迷惑がかかることもなりと思い、記事を書かせていただくことにしました。
さびしいですが、30年以上、愛され続け、お店をやり遂げられ、今は少しゆっくりされ、お元気にされていらっしゃるのでしょうね。
おじさん、おばさんに直接お伝えするすべはありませんが、文末に心からの感謝を送ります。
ありがとうございました。






