さらばダイナマイト・キッド | 「はじめての出来事」

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今年も残りわずかです、今年も多くの有名人が亡くなられました。

子供の時は、有名人が亡くなられても正直ピンとこない人がほとんどでしたが、最近は若いとき憧れていた人たちが

亡くなられていくので淋しさと、ショックでを隠せません。

 

今年も私が憧れた3人の方が亡くなられました。

最初は1月に、南海ホークス、西武、大洋で活躍された片平晋作選手。

当時、私は南海ホークスの大ファンで私が応援していた頃の南海ホークスはとにかく弱くて、打撃力は凄いのですが

投手力が物凄く弱く、20点近くとられる事よくあり、悲惨でしたが、その中でメイ、門田、片平の左3人の左打者クリーンアップは

迫力満点で、新井選手もいて左選手が揃う打撃陣は他球団にもひけをとらないのですが、いかんせん抑えの金城投手意外は

全く安定感がなくいつも前半で大差をつけられていました。

片平選手はどんなに大差をつけられても、ガッツがあり、ファンを大切にされていました。

左打者が多いからという事で西武にトレードされ、ファーストに清原選手が来た時に「清原選手は凄いですが、それで諦めたら

男でありません」といった片平選手らしい言葉はカッコよかったです。

人柄も素晴らしく良い話ばかりで、悪い話は聞いたことがなかったです、68歳という若さで亡くなられたのは残念でなりません、

ご冥福をお祈りいたします。

 

そして以前このブログでも書いた西城秀樹さん、片平さんといい、秀樹といい、どうしていい評判の人ばかり亡くなられるのか

くやしいです。

 

 

そして今年も残りわずかとなり、プロレスラー「ダイナマイト・キッド」さんが亡くなられました。

若いころプロレスが大好きだった私でしたが、中でもダイナマイト・キッドが一番好きでした。

 

ダイナマイト・キッド以前のプロレスは、たるんだ体のレスラーばかりが、ダラダラした試合ばかりが普通

でしたが、キッドの体は当時のレスラーでは異例の筋肉隆々で、小さい体を目一杯使った全力ファイト

は素晴らしく、それまでのダラダラしたプロレスを完全に変えてしまうのでした。

 

 

アメリカンスタイルのショー的要素が中心だったプロレス界において、イギリスの正統派レスリングをバックボーンにもつ

キッドには、アメリカのレスラー達も一目をおいていたようでお、その後キッドに憧れてレスラーとなる選手が多く登場しました。

 

 

初代タイガーマスクが社会現象を起こすくらいブームとなったのは、凄まじい迫力あるファイトをするキッドがタイガーに対して

負け役に徹してくれたのが何よりの大きな理由だと私は断言したいのです。

 

とにかくカッコよく、ヒールに徹していたプロ魂、当時は勝った方が強いと思われていた時代、ヒールは本当に悪い奴と認識

され、体の小さいレスラーはヘビー級相手に負け役にされるプロレスにおいて、全力で負け役に徹し、負けるヒール、キッドが異例の

大人気、完全に相手の人気を上回っていた。

 

若い頃はナチュラルな筋肉だったキッドがしっかりとしたジュニアヘビー級がないアメリカで活躍する為、ステロイドを使用しだし、

あまりの激しいファイトを繰り返したため、引退後は車いすで生活する事になり、晩年は普通の生活をできず廃人のような姿を

見る度にやるせない気持ちになっていました。

 

60歳の誕生日に亡くなられたのはショックでしたが、キッドさん、もう辛い生活はしなくていいので、私達世代のプロレスファンは

、あのカミソリファイトを忘れません、あなたは最後までダイナマイトキッドでした、心安らかに眠ってください。