世間でいう本好きというレベルではないかもしれないが、本は私に影響を及ぼしてきた。

 

 ここ2、3カ月最も読み込んだ本は、中原道喜先生の「新英文読解法」だ。


 受験のときは、伊藤和夫先生と北方謙三氏。


 高2のときに、太宰治人間失格と、漱石こころ(学校の宿題でもあったが)。


 高1のとき、ソフィーの世界。


 こうやってみると、読書量は少ない。


 ただ、傾向として、「読んですぐ役に立つ本」より、文芸系の読んでもすぐに役に立たない本を好む傾向がある。

 

 大学のときは、吉本隆明を筆頭に、思想・哲学・文芸の本を読みあさった。


 中学のときは、本はほとんど読んでいないが、地区でもそれなりの進学校には進んだ。


 小学生のときは、大人用の西遊記や、子供用の三国志やシャーロックホームズを読んだ。


 中学時代、国語の偏差値は、75くらいあった。(他も悪くなかったけれど。漢字と文法以外は楽勝だった。読解の勉強をしたことはない気がする)


 最近、ドラッカーを読み始めた。こういう本も読むべきだと思ったのだ。


 ただ、ドラッカーも、即物的というか、即実践的な本でもなく、観念的な、形而上学的な本、と言う気もした。


 1.同僚たちとの価値観の違いに疲れ果てた。


 私の場合、塾は成績を上げるところだ、という考えが一番強い。通っていただく以上、満足していただきたい、とずっと考えていた。しかし、同僚との生徒獲得競争に私は疲れた。私の生徒を減らすための工作はなさるし、本当に同僚か、と思ってしまうこともしばしばだった。協力し合って、全体として多くなれば、いいんだと思うんだが。


 2.若さが必要だと感じるようになった。


 塾講師は、20代が中心である。新卒もいるかもしれないが、辞める率も高い。他業種を辞めてせっかく入っても、数年しか持たないのでは意味がない。業界の内部を知ってしまった以上、続ける気力は失せてしまった。


 3.塾業界にいる人たちは特殊


 割と狭い業界だから、そこで一番になってしまえば、ずっとやっていけるが、その価値観は社会全体の価値観からずれる場合も多い。


 理由1.20代が講師の中心

 理由2.回転率の速さから見ても、長年続けられる職場ではない。

 理由3.前職で、かなりのことをやりきった、もう出ない。


 振り返ってみれば、私の年代で、高校ラグビーで県大会決勝まで、とうとう行き、その2年後に、全国出場をとうとう果たすことができた。私たちが3年だった時の、1年が、決勝進出したのは、私たちが種を播いた結果だったかもしれない。


 私が塾講師として、熱中している時、担当生徒で驚くほどの生徒を出す子がいた。そんな中、母校から、C大獣医学部という超名門、日本人初、という快挙を叩きだすことができた。死ぬほど嬉しかった。


 そして、私が高校生時代心血を注いだ、音楽活動、その時播いた種が、1000分の1でも関わっていたらうれしいけれど、吹奏楽部が、世界連邦賞を手にするところまで行った。


 私の塾の生徒たちも多く関係した中学では、東海大会でトップに立つところまで行った。私の母校の中学も合唱でかなりの学校になった。


 振り返ってみれば、いい人生だったと思う。私がしたことで、何かにつながったと考えるのは、誇大妄想なのかもしれない。でも、自分の思いがどこかに詰まって、それが少しでも結果につながっていてくれたらと思う。


 そして今思うことだが、私の担当生徒でも、うまく結果を出せなかった子達もいるけれど、そういう子達に言いたい。


 いつか、必ず努力は実ると。