理由1.20代が講師の中心
理由2.回転率の速さから見ても、長年続けられる職場ではない。
理由3.前職で、かなりのことをやりきった、もう出ない。
振り返ってみれば、私の年代で、高校ラグビーで県大会決勝まで、とうとう行き、その2年後に、全国出場をとうとう果たすことができた。私たちが3年だった時の、1年が、決勝進出したのは、私たちが種を播いた結果だったかもしれない。
私が塾講師として、熱中している時、担当生徒で驚くほどの生徒を出す子がいた。そんな中、母校から、C大獣医学部という超名門、日本人初、という快挙を叩きだすことができた。死ぬほど嬉しかった。
そして、私が高校生時代心血を注いだ、音楽活動、その時播いた種が、1000分の1でも関わっていたらうれしいけれど、吹奏楽部が、世界連邦賞を手にするところまで行った。
私の塾の生徒たちも多く関係した中学では、東海大会でトップに立つところまで行った。私の母校の中学も合唱でかなりの学校になった。
振り返ってみれば、いい人生だったと思う。私がしたことで、何かにつながったと考えるのは、誇大妄想なのかもしれない。でも、自分の思いがどこかに詰まって、それが少しでも結果につながっていてくれたらと思う。
そして今思うことだが、私の担当生徒でも、うまく結果を出せなかった子達もいるけれど、そういう子達に言いたい。
いつか、必ず努力は実ると。