私と同じ高校、同じ学年の東大卒が、「10年かければ、東大くらい誰でも受かるが、それでは意味がない」ということを言っていた。それに加えて、ディクテーションという英語の勉強法は、時間がかかってどうにもならない旨ものべていた。
ウサギとカメの話がもし真実なら、私は、せめてカメくらいにはなりたいものだ。
できるだけ、しぶとく、ほどほどの人生を歩んで、進みたいものだ。
英語のY先生(河合塾)を見てると、カメだなあ、とおもう。 私は何にもなれていない。
私は、突出した才能は、ない。
高校のある時期、やたらモテテ、もてはやされたものの、それもなんでもない。大したことない。
簡単といわれる簿記3級も、何度も荒波にのまれ、泣きそうになった。こんなこともできないのかと思った。今2級をやっているが、また荒波に何度ものまれそうだ。
英検も準1級のスピーチが怖くてしょうがない。言葉が詰まっても、がんばっていえば、アティテユード点がもらえるなら、それを目指したいが・・・。2次の合格率が7割だから受かりやすいのではないのではないか。一次に受かるような人は、もともと英語ができる人が多いから2次に受かるというだけで、私のようにテストに強いだけでは、2次を突破できないのでないか。しかし、2次を突破しなければ、テストに強いとはいえないのだが。
高校の同学年の男が、4か月でTOEFL 112点などと聞くと、正直愕然とする。勉強の仕方ではなかろう。さまざまな意味での”才能”の違いだと思う。
子供は、”才能”に正直だから(イチローのような選手にあこがれる。逆に言えば、下手な選手には見向きもしない)、塾に戻って果たしてやっていけるか。まぁ、やるしかない。