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たかブログ

初めまして。日常から過去の経験談まで、不定期ですが、更新したいと思います。どうか、ご覧ください。

2024年10月13日 (日) 15:33  (四週間前)

千葉県市原市五井

養老渓谷の清流とキハ200形の走りを楽しんだ後、2泊目となるお宿に戻りました。

10月も半ばだというのに汗あせるをかいたので、濃厚な温泉でさっぱりさせて頂き、

途中ご当地スーパーで調達した本搾りも部屋で頂きます!

 

クライマックスシリーズ・ファーストステージをテレビ観戦出来ました。

この日の某球団は、敵地で猛打爆発してびっくり!

午後から夕方迄のお部屋をのんびり楽しみつつ、日が傾き、

 

月が昇ってきましたね。

 

夕食の時間が訪れました!昼食ちゃんと食べられなかったもんね・・・しっかり頂こう。

 

副菜は冷奴と鮭のムニエル(?)、そして主菜は名物のロースかつ

 

追加で頂いた濃厚で美味しい烏龍茶と共に、いっぱい歩いた身体と心に栄養を頂きました。

 

スタッフ様に感謝を告げて部屋に戻り、枕を背もたれに夜のテレビ番組も楽しみます。

 

かなり夜更かししたね。今日は楽しかったのだ。いい加減寝ましょう。

 

もうちょっとだけ、

つづく

2024年10月13日 (日) 13:07  (3週間前)

千葉県市原市朝生原 養老渓谷駅

県道沿いの喫茶店は営業時間を過ぎたのに「準備中」のままで、駅近くの中華料理店、前回カレーパン頂いたお店もは閉まったままで…。

ご当地での昼食を諦めて、小湊鐵道養老渓谷駅に到着。

定刻にやって来た列車に乗り込みました。

 

帰りはキハ200形ですね!10月なのに扇風機稼働中なのだ。

 

ロングシートの車両中央排気管付近に着席。エンジン音を楽しみつつ列車は発車しました。

 

窓が開けられていたので、沿道の景色や空気を直接楽しめます。

 

先程間近にみた、養老川下流を渡るのだ。

 

終点近くになっても田園風景が楽しめます。

ずっと風を浴びるこの感覚は、ネイキッドのバイクで走っていた時のあの感覚と同じ!

また乗りたいな。でも、両手両足のアクセル・ブレーキ・クラッチ操作を忘れ掛けているような…。

 

列車は終点の五井駅に到着致しました。

私が乗車したのは、トップナンバーの「キハ201」でしたね!

 

1961(昭和36)年デビュー(何と63年前 !)、その2030年後に改造を受けているようです。

 

還暦を過ぎ、整備を受けつつ美しい姿を保つこの車両は、なかなか端正な顔つきですね。

加減速のスムーズさ、ローリング(横揺れ)の少なさ、乗り心地よかったです。

ありがとう!

 

いい天気でよかった。

 

機関区に佇むキハ200形達を堪能して、2泊目のお宿に向かおう。

 

10月半ばなのに汗かいたもんな。

温泉で汗を流そう!

つづく

 

 

2024年10月13日 (日) 11:06  (二週間前)

千葉県夷隅郡大多喜町葛藤(くずふじ)

養老渓谷駅を降り立ち、県道を歩いて来た私は約11年ぶりにこの隧道と向き合いました。

 

変わらす扁額には「向山トンネル 昭和45年3月竣工」とあります。

 

入洞致しました。

こちら側からは正面に出口では無い「灯り」が見えていると思ったのですが、

閉塞してしまったのか? 暗くて、素掘りコンクリート吹き付け構造の隧道の暗闇にビビる。

 

速足で進むと、洞床のサミットの向こうに出口が見えてきました...。

 

「灯り」は午前中来訪の影響で、日が陰っていた為に暗く見えただけで閉塞していませんでした。

下り坂を進み、隧道を脱出致します。

 

抗口を振り返りました。上り坂の向こう側で、勾配が急変化していく洞内の照明が印象的です。

 

朱入りの扁額は「共榮トンネル 昭和45年3月竣工」とあり、入口の名称と異なっています。

以前来訪時は無かった、近隣にあった掲示からこの隧道の謎が見えてきた気が致しました。

それらの掲示に感謝しつつ、そのプロフィールを一部この場でご紹介させて頂きます

【共榮・向山トンネル】

 新旧2階建ての構造を有する。以前は普通の素掘りのトンネルであり、西側の上にある出口が使用されていたが、

 接続道路への利便性向上の為、トンネルの途中から洞床を深く掘削して下の出口(上の写真)が新たに完成した。

 上の出口も埋め戻されず残った事から、西側に2つの出口が存在する不思議なトンネルとなった。

 

こちら側の抗口付近に、初来訪時は可愛いワンちゃんがいたのですが、いませんでいた(>_<)...。

 

「共栄橋」を渡りましょう。

 

欄干から上流側を見ると養老川の清流がキラキラと輝いていて、

 

下流側には前回は看過してしまった遊歩道がありました。

 

今回はこの道を進みましょう!

 

養老川が至近距離で穏やかに流れています。

 

程なくして川を渡る事が出来る「橋?」が見えてきました。

 

早速渡ってみますが、少々、否かなり心細いかも...。

 

何とか渡り切ったところで、

 

清流に触れてみます。ご当地の水源にもなっている水は、思ったよりも暖かかったです。

 

さぁ、右岸を先に進みましょう。

 

すると左側向こう側に、このような景色が見えてきました。

 

向かって左から右に養老川が流れていて、それに交差する向こう側からも流れが来ています。

 

この不思議な景色に暫く魅入ってしまいました。

【弘文洞跡】

 約140年前の明治初期、耕地開拓の為に養老川の支流である夕木川 (別名: 蕪来川) を川まわし (河川の曲流を

 短絡する工事) が人工的に行われ、河川の直線化を行った際に造られた。以前は左右の稜線に道がが繋がって

 おり、川はその下の「隧道」を潜っていたが、45年程前に上部が崩落してしまい現在の地形になった。

崩落前の写真や名称の由来は町のホームページからご覧頂く事が出来ます。でもこの写真もうちょっと上のほうもさ...

弘文洞跡/大多喜町公式ホームページ

 

この遊歩道(中瀬遊歩道)はこの先も本来観音橋方面に続いているのですが、

ご当地を襲った水害の影響により封鎖されてしまっていました。

 

道を引き返しましょう。

 

もみじは青々としており紅葉前でしたね。

 

ああ゛

あそこを再び渡って戻らねばならぬのだった...。

 

ご当地の寸断された橋梁、遊歩道、そして近隣の皆様が水害を克服されて再び元気いっぱいになれますように。

 

お宿に戻ります。

つづく