物理的に不可能なこと以外、
やれば誰にでもある程度まではできて‥
それをやるとかやらないとかは、
好き嫌いを含む本人のやる気や、置かれている環境、とそれらから導き出される本人の結論によるものが大きい。
もちろん、ある程度までの先のものに関しては、才能がある以上の天才的な何かや、その才能を売り出すにあたり、間違った方法ではないプロデュース力が必要になってくるわけだが…
人が生きていくことと、才能があることと、お金を稼ぐことはそれぞれ別の要素で…
混同をして幸せになれるのは、欲がほどほどか、その社会に於ける常識があるか、成功に対する具体的な基準があるかによるもの、
ということになる。
だから、様々な才能において、できるひととできないひとは、その違いを解析する覚悟がなければ、わかりあえないわけだ、
できる人間は、理解してもらえるよう違いを噛み砕く努力を、できない人間は、自分の努力が間違っているか足りていないか、または欲が深すぎるのではないかという謙虚さがなければ、わかりあえない。
才能があるとかないとか、記号化して、個人がエゴを押し付けあっているのが世の中で、できるようになるための、正しくて正確な努力を認めないのが世の中だ、
人ができることは、フレームさえ変えれば必ずできる。
才能の意味を、習得の観点からきちんと認識できなければ、損をするのは自分だ…
なぜなら、時間は確実に過ぎていくし、その時間の経過によって、才能を得やすい時間は確実に削られていくからだ
この瞬間にも、僕は老いていく…
でわまた