…前回最後の
『肉体的には、その場所(空間)とその時間に…
精神的には、その人がその時、自分を投影している場所と時間に存在している(生きている)コトになります(゚-゚)
この組み合わせをゼロ、すなわち起点と考えた時…』
に条件のⅡ.Ⅲ.を入れます…
Ⅱ. 人はそれぞれ感じ方が違い、価値観が違うコト
Ⅲ.人はそれぞれが生きていく上で生きていく為の目的を、自分の為に見出そうとするコト
すると、生きている(存在している)あらゆる場面を、以前経験した同じ様な場面と認識することもできるし、全く新しい局面だと認識するコトもできる、というコトになるんです(゚-゚)
少し飛び過ぎましたね(^-^)o
どういうコトかというと…
人それぞれのあらゆる場面で、
その場面が(その人が生きていく上で必要性を感じるなら)、
自分の為に生きていく為の起点(ゼロ)とするコトも、
結果であると認識するコトも、
過程であると認識するコトも、
また、全然意味の無いコトとして認識するコトもできる
というコトです(゚-゚)
何故なら、その時点だけ考えた時に…
それぞれがその場面までに違う経験と違う目的を持って生きてきたワケで、
その場面で更に違うコトを感じ…その要素から自分が安心する為に、自分である為の目的を持とうと、あらゆる(精神的な)立場から考えようとするからです
あっ…゙(゚-゚)!!!
一つ断っておきますが…
『~しない』はゼロの変化であって、感じてないワケでも、考えてないワケでもないと僕は考えています
思考や行動の拒否や拒絶は、それをするのに判断と時間が必要だからです
ここは人間の基本的な権利から発生する義務の部分で…判断が遅かったり、行動が遅かったり、感じたり考えたりしなかったコトで、その人が不利益をこうむるコトは…
本人の責任で、あまんじて受けなければならない義務だと思っています
選挙の棄権権と同じコトですね
まぁ……
また脱線しましたが……(-.-;)★★★
つづく