『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』 ~報道の使命とは~ | 老いてますます映画!!

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還暦過ぎにNetflixを始めたことで、映画を再びよく観るようになりました。そしてつくづく思うのは、わずらわしい日常を忘れさせてくれる映画の力です。往年の名作から最新作まで、皆さんと夢の世界を共有したいと思います。

 前回のブログで『ザ・シークレットマン Mark Felt:The Man Who Brought Down the White House 2017』という映画を通してウォーターゲート事件とその報道について紹介しました。実は、この事件が起きる前の年にアメリカでは、歴史に残るもう一つのスクープがありました。ペンタゴン・ペーパーズ(国防総省機密文書)に関するニューヨーク・タイムズの報道です。

 ニューヨーク・タイムズに抜かれた(特ダネを取られた)ワシントン・ポストが、いかに文書を入手し、ニクソン政権と法廷で戦いながら読者に記事を提供したのか?今回は、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 The Post 2017』を取り上げます。

 

<あらすじ> ※ネタバレ注意

 1971年の6月13日、ニューヨーク・タイムズの一面に特ダネが載った。第2次世界大戦後、トルーマン大統領からジョンソン大統領の時代のアメリカのベトナムへの介入を詳細に記述したペンタゴン・ペーパーズ(国防総省機密文書)に関する記事だった。ペンタゴン・ペーパーズは、ケネディとジョンソン政権の国防長官だったボブ・マクナマラが専門家に調査を依頼して書かせたもので、戦況の悪化など国民には知らせていないベトナム戦争の真実が書かれていた。特ダネを取られたワシントン・ポストの編集主幹、ベン・ブラッドリートム・ハンクス Tom Hanks 1956-)は記者たちに資料の入手を指示する。

 編集局次長のバグディキアンは、かつて国防総省系のシンクタンク、ランド研究所の研究員だった。ニューヨーク・タイムズは、研究所時代の同僚のダニエル・エルズバーグマシュー・リース Matthew Rhys 1974-)から文書を入手したのではないかと考え、彼に連絡する。二人はボストンで会い、エルズバーグは、必ず掲載することを条件にバグディキアンに文書を渡した。

 バグディキアンから連絡を受けたブラッドリーは、信頼できる記者を自宅に集めた。バグディキアンがペンタゴン・ペーパーズと一緒に到着するのを待って、全員で原稿の作成にとりかかった。

 ちょうどその日は、財務基盤を強くするためワシントン・ポストが株式を上場した日だった。社主のキャサリン・グラハムメリル・ストリープ Meryl Streep 1949-)は、ブラッドリーからペンタゴン・ペーパーズを入手し朝刊に書く、と連絡を受けた。他社に先駆けてペンタゴン・ペーパーズを報じたニューヨーク・タイムズを相手取って、ニクソン政権が記事の差し止め訴訟を起こしたこともあって、役員や顧問弁護士たちは、株主が離れるおそれがあると記事の掲載に反対した。難しい判断を迫られるケイ。しかし、古くからの知り合いのマクナマラを訪ねて、「勝てないと知りながら若者を戦場に送り込んだ」と非難し、国民に真実を伝える道を選択する。 

 予想したとおり、政府はワシントン・ポストに対しても記事の差し止め訴訟を起こした。判断は最終的に最高裁判所にゆだねられ、6対3の評決で最高裁判所はニューヨーク・タイムズとともにワシントン・ポストの記事掲載を認める判決を出した。

 

2017年のアメリカ映画

スティーブン・スピルバーグ監督

 

 

<メリル・ストリープ Meryl Streep 1949-> ※『ソフィーの選択』のブログから抜粋

 現代を代表する演技派女優の一人として、メリル・ストリープをあげることに反対する人はあまりいないと思います。『ソフィーの選択 Sophie`s Choice 1982』と『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 The Iron Lady 2011』でアカデミー主演女優賞、『クレイマー、クレイマー Kramer vs. Kramer 1979』で助演女優賞を受賞した彼女は、ほかにも『マディソン郡の橋 The Bridges of Madison County 1995』や『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 The Post 2017』で印象的な演技を見せてくれています。

 有名女子大のヴァッサー大学を経てイェール大学の演劇大学院で学び、舞台女優としてキャリアをスタートさせました。ヴァッサーで学んだことのある女優にアン・ハサウェイ(Anne Hathaway 1982-)がいます。イェールの代表格はジョディ・フォスター(Jodie Foster 1962-)ですかね。

 権力者に対しても時に毅然として発言します。トランプ前大統領が2016年の大統領選挙の集会で、障害を持った記者の真似をした際には(トランプ前大統領は否定)、翌年の大統領就任式の直前に開かれたゴールデン・グローブ賞の授賞式で次のようにスピーチしています。 

 

 

 これを知ったトランプ前大統領は、お得意のツィートでメリル・ストリープについて、「ヒラリーの取り巻きで評価されすぎの女優」と批判しています。

 

トム・ハンクス Tom Hanks 1956-> ※『フォレスト・ガンプ』のブログから再掲

 現在のアメリカ映画界を代表する名優の一人といっていいと思います。数々の名作、話題作に出演していて、「フォレスト・ガンプ 一期一会  Forrest Gump 1994」以外に私が観た映画としては、「フィラデルフィア Pfiladelphia 1993」「アポロ13 Apollo13 1995」「プライベート・ライアン Saving Private Ryan 1998」「グリーンマイル The Green Mile 1999」「ターミナル The Terminal 2004」「ダ・ビンチ・コード The Da Vinci Code 2006」「ハドソン川の奇跡 Sully 2016」「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 The Post 2017」などがあります(しかし、こうして並べると、本当にたくさんの映画に出演していますね、トム・ハンクスは)。

 このうち「フィラデルフィア」と「フォレスト・ガンプ 一期一会」で、2年連続してアカデミー主演男優賞を受賞しています。

 最近の話題としては、去年3月に新作映画の撮影のためオーストラリアに滞在中に新型コロナウィルスに感染したことです。幸い大事には至らなかったそうです。

 

<スティーブン・スピルバーグ監督 Steven Spielberg 1946~

                                                                                   ※『ミュンヘン』のブログから再掲

 現代の巨匠。好き嫌いは別として、このことに異議をはさむ人はあまりいないのではないかと思います。

 1971年に『激突! Duel 』で注目されたスピルバーグ監督は、『ジョーズ JAWS 1975』(、『E.T 1982.』の大ヒットで、その地位を不動のものにしました。『シンドラーのリスト Schindler`s List 1993』と『プライベート・ライアン Saving Private Ryan 1998』で、2度、アカデミー監督賞を受賞しています。

 スピルバーグ監督の特徴を二つあげると、一つは「SFXを駆使したファンタジーや冒険映画」と「シリアスな映画」の両方に優れた作品を残していること。もう一つは、郊外の新興住宅地を舞台にした作品が多いことだと思います。

 一つ目の特徴について言うと、「SFファンタジーや冒険」の代表作は、『E.T』や『インディー・ジョーンズ Indiana Jones 1981~』、『ジュラシック・パーク Jurassic Park 1993~』のシリーズなどで、「シリアス映画」は、『シンドラーのリスト』や『ミュンヘン』、それに『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 The Post』などがあげられます。

 もう一つの特徴は、監督自身が、幼いころ郊外の新興住宅地に住んでいたためか、『未知との遭遇 Close Encounters of the Third Kind』(1977)や『E.T.』など、とりわけ初期の作品に郊外が舞台となったものが目立ちます。

 もう10年以上前だったでしょうか、番組のテーマが何だったかは忘れてしまいましたが、NHKの『クローズアップ現代』を見ていたら、スピルバーグ監督が国谷裕子キャスターのインタビューを受けていました。この中で、監督は自らの少年時代を振り返って「ぼくオタクね」と、たどたどしい日本語でおどけたように話していました。

 スピルバーグ監督は、16歳の時には、2時間を超えるSF長編映画をすでに製作していたということで、確かにそのくらいオタクじゃなければ、現代の巨匠にはならなかったはずです。

 

<キャサリン・グラハム Katharine Graham 1917-2001

 父親がワシントン・ポストの社主で、その後を継いだ夫のフィルが精神を病んで自殺した後、社主になりました。独身時代に記者の仕事を経験したことがありますが、結婚後は家庭に入り、夫と子供を支えました。突然の夫の死によって、45歳になって経営の第一線に立ちます。はじめは大いに戸惑いますが、編集主幹のブラッドリーなど優秀なスタッフに支えられて、ペンタゴン・ペーパーズ事件とウォーターゲート事件という二つの難局を乗り越え、ワシントン・ポストの地位を不動のものにしました。

 最近、ワシントン・ポスト143年の歴史の中で初めて女性の編集主幹が誕生したという報道がありました。

 

 キャサリン・グラハムが社主になったのはほぼ半世紀前でした。今でも女性編集主幹の誕生がニュースになるくらいですから、当時の男性中心の社会では、たとえ夫の後を継いだとはいえ、彼女がワシントン・ポストの社主になったことは相当大きな出来事だったと思います。

 実は、私は以前、彼女を見かけたことがあります。1998年か99年のことで、当時、勤めていた放送局に彼女が見学に来たのです。ちょうど、彼女が半生を振り返って著した『わが人生』を読み終えた直後ということもあって、いかにもエリート然としたスーツ姿の男性の部下数人を従えて局内を歩くその姿に、圧倒された覚えがあります。

 

                                               (Wikipediaより)

 

<ダニエル・エルズバーグ Daniel Ellsberg 1931-

 ハーバード大学で博士号を取得した後、国防総省系のシンクタンクであるランド研究所の研究員となりました。元々は、ベトナム戦争に賛成するタカ派でしたが、実際にベトナムに行って現地の様子を見るうちに戦争の推進に懐疑的となり、マクナマラ国防長官に自らの意見を伝えました。

 マクナマラ国防長官が、アメリカのベトナム介入の歴史を分析する「秘密研究」の開始を指示するとエルズバーグもこれに参加し、1969年にペンタゴン・ペーパーズが完成しました。

 研究を通して明確にベトナム戦争に反対する立場となったエルズバーグは、はじめ連邦議会のハト派議員に文書を送って議会で取り上げるよう依頼しましたがそれがかなわなかったため、ニューヨーク・タイムズの特ダネ記者として知られる旧知のニール・シーハン記者に文書を託すことになったのです。

 ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストに文書を渡した後、エルズバーグはボストンの連邦検察局に出頭してスパイ法違反の疑いなどで逮捕されました。裁判は1年近くにわたって行われましたが、検察側の不手際もあって公訴棄却となり、エルズバーグが勝利しました。

 

<ペンタゴン・ペーパーズ事件とウォーターゲート事件>

 1971年と72年に立て続けに起きたペンタゴン・ペーパーズ事件とウォーターゲート事件は、実は密接なかかわりがありました。

 『ザ・シークレットマン』のブログで、ウォーターゲート事件は、1972年6月に民主党全国委員会本部があったワシントンのウォーターゲート・ビルに、ニクソン大統領側近の鉛管工と呼ばれるグループから指示を受けた5人組が侵入した事件をきっかけに明らかになったと書きました。この5人組の一部は、前年の71年9月にロサンゼルスにある精神科の診療所に侵入しています。

 診療所には、ペンタゴン・ペーパーズをニューヨーク・タイムズに提供したエルズバーグが通っていたことがあります。鉛管工グループは、一躍、時の人になったエルズバーグの信用を失墜させるため彼のカルテを盗もうとしたのです。結局、カルテを見つけることができませんでしたが、政敵排除という目的で行われたこの事件は、翌年のウォーターゲート・ビル侵入事件につながっていくことになります。

 この診療所侵入事件は、ウォーターゲート事件に対するメディアなどの追及の中で明らかになり、ニクソン大統領への批判がさらに高まって大統領辞任へとつながります。 

 アメリカ合衆国憲法修正第1条は、連邦議会が、国教の樹立、あるいは宗教上の自由な活動を禁じる法律、言論、または報道の自由を制限する法律、ならびに人々が平穏に集会する権利、および苦痛の救済のために政府に請願する権利を制限する法律を制定してはならないと定めています。ペンタゴン・ペーパーズ事件の最高裁判決で評決に加わったブラック判事は、「合衆国建国の父は、憲法修正第1条をもって民主主義に必要不可欠である報道の自由を守った。報道機関は国民に仕えるものであり、政権や政治家に仕えるものではない。」と、判決の中で述べました。

  「経営」か「報道の使命」かの選択を迫られ、「報道の使命」を選んだ社主のキャサリン・グラハム。真実を国民に伝えようとキャサリンや部下を励まし続けたベン・ブラッドリー。二人の強いリーダーシップに率いられたワシントン・ポストは、ペンタゴン・ペーパーズ事件とウォーターゲート事件を通して、合衆国憲法が保障した報道の自由を体現し、ジャーナリズムの歴史に金字塔を打ち立てたのです。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

※参考にした本

『政府対新聞 国防総省秘密文書事件』 田中豊雄 (中公新書)

『わが人生』 キャサリン・グラハム (TBSブリタニカ)