先週の日曜は父の日だったけれど、週末は移動やら子供のことで色々と忙しく、連絡し忘れてました。それで、昨日、父親に電話しました。
私:「今さらだけど、父の日だから電話したよ。元気?」
父:「最近は体調はまあまあ落ち着いてるからありがたいよ。いつまで生きられるか分からないけどね。」
父の日は、地元に住んでいる妹が気をきかせて何かしらやってくれたようです。毎度のことですが、地元を離れた私にとってはとてもありがたいです。当然、孫は元気にしているか?新しい仕事はどうだ❓という話になります。
富士山麓の仕事は、正直、ストレスもたまれば腹が立つことも多いです。今まで経験したことのない種類のストレスがあります。ただ、基本的に好きな職種で自分にはこれしか出来ない上に給料がそこそこなので、腹が立ったり、ツマラナイ仕事を強制されたりするけれど、我慢の範囲内だ、ということを話しました。
そうしたら父親が話し始めました。
「わしはもう隠居なんで、生臭い話はしないことにしてるんだけどね……」
フラフラと仕事をしてきた私と全く違い、父は一つの会社で勤めあげました。事務処理能力が高く仕事のデキる人で、会社では上の地位まで行きましたが、60歳になってスッバリと引退し、次世代に全て任せました。それから、命に関わるような大病もしましたが、今は母親と悠々自適な生活を送っています。
「働くということに、場所や職種は関係ない。例えば職場が大学なら、大学のためになって、学生のためになって、なおかつ自分が成長出来るような方法を模索していくということだ。給料のためだけに働いては乗り越えられないことがある。給料は結果と考えないとダメだ。」
子供の頃から厳しい人でした。何をするにしても、何を主張するにしても、高い壁として立ちはだかるような存在で、正直ウザったかった。でも、こういう存在って必要なんだと今になって思います。
父:「いつまで経っても子供は子供だからつい言ってしまうね(笑)」
そんな3日遅れの父の日。
(富士山麓に向かうバスの中で)
今日は富士山見えるかな~。