カランコロンカランカラン
気づくと私の目に前に、くすんだオレンジ色をした飾り物がぶら下がっていて音を鳴らして廻っていた。
次の瞬間、私は口の中で異様なこの世のものではないような実に不味い水分を含み、驚きのあまりギャンギャン泣いていた。今まで甘い飲料水しか飲んでいなかった私はビックリしたのである。
今思うとそれは、哺乳瓶に入っていたミルクであり、異様なこの世のものではないような実に不味い水分は白湯であったと思う。
私は自分で哺乳瓶を持って飲んでいたような記憶があるのである。何歳かまでは記憶がないが、確かに早朝、教師をしていた母親がバタバタ忙しそうに動いている様子も記憶にある。
私は子育てをするときは、「抱く子は良い子に育つ」という本に魅了され、どんなときでも抱っこ紐で抱いていたし、哺乳瓶を乳児に持たせて飲ませるなど言語道断だと思っていた。
だから今考えるとショックが大きい。
もう一つの記憶が、凄く混んでいるデパートだろうか、本が幾つも積み上げられている場所で、母親が私をおんぶしていて、人混みで潰されそうになる中、欲しい絵本を取ってくれるだろうか・・・という期待があり、題名は忘れたが私の欲しい絵本を手に取ってくれたので安心した記憶がある。
多分、絵本のセールだったのではないかと思う。
写真にも、母親が私をおんぶしている写真があるので育児放棄まではしてないことは簡単に分かる。
私は、乳児期に入院もしていたし、「長く生きられないでしょう」と告げられていたらしいので、母は怒っていたが、両親とも共働きで、祖父、祖母、も、高齢でどうやって私を育てたんだろうか?と未だ疑問である。
一番の問題は、なぜ私は、小学6年生まで指しゃぶりを止められなかったのか・・・ということだ。
カウンセラーにも未だ相談したことがない問題であるので、いつかじっくりとカウンセリングを受けてみたいと思った。
何が難しいか、それは、自分自身が一番の難問だと思ったことだ。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。