うつ病を治す方法 | うつ病 闘病記

うつ病 闘病記

34歳でうつ病を発症し、壮絶なシングルマザー年月を経て、うつ病を繰り返しています。その中で、うつ病の体験を元にうつから解放される為に何かに気付いたり、生きる糧になればと願っております。

うつ病の精神疾患を治したいと思っている、若しくはうつ病とは一体いつまで続くのか?いつ治るのか?と言う確信について書かせて頂きます。




こんな疑問を抱えながら、悶々として、心が晴れない方々が多いと思います。





一度、寛解(断薬)を経験した私からの発言として、寛解はしますが、いつ寛解するのか「解らない」が正直な本音です。





解らないと言うのは、うつ病になった動機、環境、思考、が人其々違い、うつ病が寛解する日は、風邪とか骨折とかではない、心の深い部分から発生している方もいますし、本当に、コレばかりは精神科医でも解らないでしょう。




でも、早く解放されたいですよね。


私も同じでした。


私の場合は難治性うつ病でした。
長期間、うつ病の症状が続きます。



私は、小学生の頃にうつ病が発症していました。
しかし、当時は『うつ病』と言う言葉がありませんでした。『自律神経失調症』と診断され、薬もなく帰されました。




小学校卒業で、でうつ病の症状が治まったので、34歳でうつ病が発症するまで、隠し持っていたと当時の精神科医に言われ、それがうつ病を長引かせている原因だと言われました。




34歳で発病でしたが、その前に仮面うつ病と診断されていました。なので前回のうつ病歴は13年間です。




私が寛解が遅れた理由と、寛解に向かっていた理由をあげていきたいと思います。



寛解が遅れた理由


①仮面うつ病時に、医師の指示通り、通院しなかった。医大から紹介された精神科が最悪だった。自分がうつ病だと言う事を否定した。

※仮面うつ病とは、表にはうつ病の症状が表れず、身体症状が少しあるので解り辛いです。↓↓仮面うつ病症状↓↓

(気分的に明るく、身体的に凄く元気です。健常者と同じです。しかし、本人は気付いていないのですが、食欲不振に陥っています。
喉の詰まりがあり、原因不明の不安感が強く出ていました。)



②仮面うつ病を経て、日常生活を遅れなくなり、再度精神科に行き、うつ病と診断、そして入院。→又も、私はうつ病なんだ、と自覚、認識するのを抵抗した。


③幼い時期からうつ病発を症していた。



④元主人の浮気が原因で、病気になった上、大切な子どもの親権を奪われ、一切会わせてくれなかった【恨み】が強かった。(憎悪、恨み、最強。)



⑤自分の為ではなく、人の為にばかり動き、頑張り抜いた。



⑥信頼、理解、してくれる人が居なくなって、孤独だった。



⑦自分の持って生まれた性格や、思い込みや、一般常識によるものに縛られていた。(頑固、融通が効かない性格でした。)




⑧子どもだった。(心が成長していない)


⑨不足感を常に感じていた。


⑩人に執着していた。


⑪自分を責めていた。
 自分が嫌い。
(自己肯定感が全くない状態でした。)


⑫自己憐敏に浸る。


⑬子どもの世話がストレス。
殆ど出来ませんが、最低限やらないといけない事があり、無理をしてしまった。(学校行事)(書類提出)(いじめ対処)
(家事)


⑭恋愛 再婚 引っ越し。
13年間の闘病中に6~7回引っ越ししました。


⑮金銭的ストレス。



だいたいこんな感じです。


次は、寛解した理由を書きます。

①出会い(インターネット上)から、そのコミュニティに飛び込み、実際会い(会いに行くのは、多少キツかったです)、メールで色々な事を教わり支えて下さった方がいた。
(行動)【2番重要】〓【誰と繋がるかが重要】


【1番重要】②言葉をなるべく幸せな言葉に変えた。潜在意識を変える!!

【幸せ】、【感謝しています】、【ありがとう】、【ついてる】、【許します】、等をブツブツ呟いていました。正直こんな事で治る訳がないと思っていましたが、藁をもすがる想いでした。
これは、幻のようでもあり、スピリチュアルなようでもありますが、本当です。
言葉を変えたのが、寛解に向けてのスタートでした。又後日、この事は詳しく書きます。



③友人の緩い言動を真似した。

※少し動ける時、たまたま、保険の営業をしていた、後に友人となる彼女に話かけ、仲良くなり、動ける日はいつも彼女の家に遊びに行き、生活スタイルを見て、驚き、これで良いんだなと自分に言い聞かせる。
目の当たりに自分とは全く違う思考や行動を深く見ることが出来ました。
とにかく彼女の動き、思考の真似をしましました。→(過去記事に掲載)
【ミラーニューロン】  【認知行動療法。】



③斎藤一人さんの動画をひたすら聞く。(ついてる発言)YouTube動画にあります。


④年月…待つ。焦らない。



⑤うつ病を受け入れた。認めた。



⑥頑張らない。(なるべくサボる練習をしました。)




⑦人と比べない。
自分に負けるのも良し。(思考)





⑧息子(次男)の存在が大きい。
次男のゆったりした思考と笑い。



⑨次男(息子)は、私を責めず、うつ病と向き合って協力してくれた。




⑩母親の存在。(最初は、両親を恨みました。48歳の頃、ようやく許すことが出来る。自然に感謝の気持ちが芽生えて来ました。)




⑪友人の存在。(発病時は、誰か理解してよ、共感してよ、と嘆き叫んでいました。どうして理解してくれないのか、と友人にさえ、憎らしく思えた事があります。
回復時に、陰で支え見守ってくれていたと思えました。)




⑫一歩前進二歩下がる感覚でも、上がって寛解に近くなっていく感覚を掴む。〈凄く焦れったい〉




⑬神様。

目には見えないけれど、どんどん回復してくると神社に行きたくなり、全く興味のなかった神社に参拝にいく。(無宗教)




⑭とにかく、我が儘だと思う程、好き放題休み、好きな時に遊ぶ。(私はカラオケ三昧でした。)



⑮感謝の気持ちが芽生え始める。
(小さな事に感謝出来るようになった。)

きっかけ↓↓
小野田篤郎氏の生き方に感動。※戦後も終戦を知らず、48歳頃迄フィリピンのバングル島で戦い続けた。家もないので、雨の日が一番体力が消耗したと言う。紐を作るのも、手作り。いつ襲われるか解らないので、坂になっている所で仮眠を取っていたと言う。日本に帰化して49歳でブラジルに行く。日本が危ないと戻って来る。パソコンを使いこなしていた姿に、感動し、年齢に関係なく、人は変われることを知る。私は屋根付き、暖かい布団で眠れる幸せを噛みしめ、本当に生きて、雨に濡れないだけで幸せだった事に気付来ました。



⑯瞑想(精神科医師からも進められる)
精神統一、脳を休められます。正直、継続出来ずでした。



⑰素直に何でも吸収しようとする心
【素直さは、病気に限らず、ビジネスでも上手くいく気がします。】



⑱相性の良い医師との出会い。※大事※




⑲完璧主義を無くす。『~しなければならない事はない』




⑳休息
うつ病になる人は休み方を知らないので、数日間だけでも、接してくれる友人と密に付き合うと、新しい発見があります。
だいたい、友達でも、表向きの顔しか見せないですが、ありのままの生活全般を見せて貰うよう親しくしました。




21)人に執着しない。又は依存しない。





22)私自身を肯定していく。

※少しの成功体験を増やす方法もありますが、私は、自分の欠点を良い点に変え、言葉変え、そして口に出して言っていました。






23)疲れたら直ぐ休む。


24)笑顔
これは、回復期、ほぼ寛解に近い状態
です。お腹の底から、ゲラゲラ大声で笑うと、何もかも嫌なことが去って行きます。



25)白か黒じゃなく、グレーゾーンで生きていく。(1番難しかったです。)



27)部屋は、必ず南向き。(南東でも良い)※医師からの指示でした。



28)観葉植物を置く





以上、だいたい、こんな感じです。



私はヨガ教室に、1年通っていましたが、熱が出たら休んでいたので、殆ど行っていないのが現実です。
運動は殆ど、イヤ全くしておらず、寛解しましたね。
運動が良いのは、頭では理解していましたが、「運動しなさい」と言われると、出来ない自分を責めてしまうので、調子が良いなら、自然にしたくなると思っています。

運動と言っても、散歩が出来ないんですよね、人と会いたくない、人が怖い時期がありました。
 私は散歩しようと思うと熱があっても、怠くてもしてしまい、逆に悪化して寝込むタイプでした。陽に当たる事、普通に考えても運動は良いので、無理にしなくても、したい時に部屋で、私はヨガマットを敷いて、やってた期間もあります。




そして寛解1年後、医師の許可を得て・・・

関東に移住しました。
しかし数ヶ月で、うつ病を再発しました。
 原因は、関東に来る前から、色々挑戦し過ぎて無理をしていたかも知れません。




親しく頼りにする方も居なくて、大変な再発時は、手続き、引っ越しが辛くて不安でした。よく動かない身体で引っ越し出来たと今は思います。

でも何だかんだ、本当に困った時は、誰かが救って下さっていたのは、今だに不思議です。感謝です。





再発しても、関東に来た事は、後悔していません。






私が、回復の道に進んだきっかけは、まとめると2つです。
♥『プラスの言葉を口に出して発する』(独り言)
♥『誰と居るか』が重要です。(繋がる事です。)
本当に、この2つは重要です。~⤴️おーっ!アップアップ





再発した時、もう一度人生終わったかも?と思いましたが、まだ、改善するべき課題があると前向きに思っています。




なるべくしてなった反省も含めて、ゆったり、心地良くストレスなく生きている事に、喜びと感謝の日々です。




人を恨まず、自分を責めず、【色々な道】や、【色々な生き方】があると、うつ病で教えて頂きました。




重度のうつ病の年月は、何も体験出来ず、毎日、毎日、布団の上で、時折来る【死ね】と言う悪魔👿が私の心を掴み、死に陥れようとする感覚は、恐怖で、辛く狂いそうな日々でした。



皆さま、自分に思い切り優しくしてあげて下さいね。ダメな人間は、一人もいません。


後、最近、取り入れた事があります。



脳に良いと言われる檜のアロマをいつも、ベッド上に置いています↓↓



無印良品で売っています。
オイルを5滴垂らして、良い香りで寝ています。



ナッツが脳に良いようです。脳科学者の中野信子さんが仰っていました。






出来れば、観葉植物を置きましょう!爆笑スピリチュアル的になりますが、嫌な気を浄化させてくれます。観葉植物は百円ショップでも売っていますので、小さな観葉植物なら、手間もかかりませんね。




お野菜、お花、観葉植物を植えました。



スクスク育て~♡♡

ハーブティブレンドも試しています。
不眠症のハーブティ
美肌のハーブティ


今日は不眠症のハーブティを飲み、眠くなりつつあります。発熱のせいかも知れません。とにかく、試しています。見た目と香りを楽しんで、心が喜んでいますよ!



心が喜ぶ事をしてください。



その上で、【人に頼る事】も大切です。



産まれた時から、誰かに迷惑をかけています。甘えていいのですよ。



ただし、人に頼ると依存と間違えないようにしてくださいね。




2019年6月22日(土)
ハイビスカスが咲きました!(*^_^*)

お花が笑いかけてくれてるようです。




又、クリスタルチューナーを1日2回鳴らしています。音叉は大切に思います。



ご先祖様、神様に般若心経を唱えさせて頂いております。お線香を炊いています。



無宗教です。



自分が心地好いと思うことを、出来る意欲がある時にする。素直になる。




心地よい日が、必ず来るので、まずは、素直な気持ちで、自分と対話してみましょう。




長文になり、失礼致しました。




皆さんの寛解への道しるべの一滴になれると嬉しく思います。





ありがとうございました。