20歳の娘ハル、
「脳性まひ」じゃなくて、
「ジストニア」だったの思い出話
昨日、ハルの病歴を投稿した後、
「脳性まひ」についての記述が
アイマイだった事に気付き追記を。
【平成12年 (1歳)】
1歳児健診で発達の遅れが見つかり
「脳性まひ」と診断。
(平成22年、
「脳性まひ」じゃ無かったとわかる)
当時、発達が遅いとは思っていて、
例えば生後5ヶ月頃の寝がえりが
9ヶ月頃だったり。
それはプクプクした体型のせいだと
のんびり構えていて
「発達の遅れ」と同時に、
「筋緊張の低下」があるので、
町の小児科で専門医を紹介され
MRIやCT・脳波の検査をしても
問題は無かったけれど、
「そうゆうことは、よくある」の
ドクターの診断を受けて
ハルの脳性まひライフは始まり〜
さっそく買った家庭療育の本の
初めのページに、
『脳性まひの赤ちゃんは
ミルクの飲みがヘタで
病気に気付くことが多い』と。
ハルはグビグビ飲みプクプクで、
ストローもチューって(^_^)v
当てはまらない事が沢山あったけど
ジストニア同様、
脳性まひも人それぞれだから。。。
小学2年の肺炎入院をきっかけに
(と私は思っているんだけど・・)
おかしな筋緊張と不随意運動が
続くようになったけど、
『脳性まひの二次障害』と
聞かされていたし思ってもいたので、
そんなものかと。
小学6年になり、
筋緊張悪化で学校生活にも
不都合が出てきた頃。
ハルのリハビリに腕の曲げ伸ばしを
していた夫が【固縮】の症状を発見
(ヒジを曲げるも伸ばすも固い)
「知ってるパーキンソン病の人の
ヒジの固さに似ているから、
ドクターにパーキンソン病の薬を
くださいって言ってみる♪」
夫がそんなおバカな話を言い出せる
人だということは、
ブログの皆さんお馴染みで(*^^*)
まず止めて・・・
同じ話をオブラートに包みながら
私が医師に話した事で検査開始
(「固縮の症状」と
「進行」しているのが決定打に)
(同時にパーキンソンの薬も
飲みはじめ(*゚▽゚*))
身体に起きているのは、
「ジストニア」という種類の
不随意運動で!
MRI・CT・脳波に異常が無いの
も「ジストニア」の根拠のひとつに。
中学2年で行った東京の病院で、
「脳性まひではありません」と。
「脳性まひではありません」と。
「脳性まひではありません」と。
大事なとこなので繰り返し(*´ー`*)
すぐに全部のカルテを訂正して
貰えば良かったんだけど、
ジストニアがまだ確定ではなく。
(今もって原因はハッキリしてない)
それに「脳性まひ」で始まった
障害者手帳や医療の仕組みが、
あえて変更しない方が楽だったのも
あって
例えば「ジストニア」とわかった後
馴染みの小児科に熱でかかった時、
「ジストニアは知らないから、
点滴で水分は出来るけど、
薬はあげられないから!」と。
ハルは何も変わっていないのに、
ジストニアの認知度の低さに悩み。
「脳性まひみたいな〜感じです♪」
と伝えるようにしたら、
どこの病院でも「OK!」なので
あえて訂正せずに使い分けを。
そんな訳だから、
昨日の役場に提出の書類は、
あえてアイマイに書いたのでした。
このブログはジストニアの皆さんも
読んでくれているので、
大事なところは
シッカリ訂正と思ったわけです。
ハルの「ジストニア」は原因不明。
脳性まひ由来のジストニアではない
ことを記しておくのは、
今の時点では大切だから
1年前に行く先々で
カルテの訂正をしてもらい、
全て「ジストニア」に
「進行性全身性ジストニア」に
(遺伝子検査の途中だけどーー)
と思っていたけれど、
障害者手帳に脳性マヒの文字が。
あぁ。
ポツポツと残っています。
以後、お見知りおきを!
(新潟市・福島潟
まだまだこれから満開へ)
【疑問】
1歳児健診で「筋緊張低下」
だったハルが、
「筋緊張亢進」に変わったのは
いつのことだったのか・・!?