特に酒が飲みたい訳ではない
酒無しでも生きていける
まったく問題ない
それでもふらりと
スナックや居酒屋に行くのは
なんとなく 楽しいから
カウンターの僕の後ろの小上がりで
HとYが2人で
話しながら飲んでいる
友達同士の雑談だ
聞くともなく耳に入る
Hが
俺虫歯ができたみたいでさぁ
と話しを変えると
Yは
俺が行ってるとこ教えてやるよ
どこそこの交差点を〜と
説明を始めた
そんで左側に
「○○はか」ってあるからさ
聞いていた僕は
鼻から水割りが出た
思わず振り返り
お前今なんつった?どこだって?
○○はか
お前ww マジかww
「しか」って読むんだよww
いい年してww
デカい声でww
ハカーッとかww言ってんなよwww
Hもさぁww
はかwとか言われてww
なんとも思わないの?ww
そうっすよねぇ
真顔だ…頭の上に?が見えそう
分かってないな
2人は三十代半ば
よく生きてこれたものだ
酔って笑い過ぎたので
暫く動悸が収まらなかった
月曜日にはよく
サッちゃんとその彼氏が
連れ立って店に来る
ふたりはいつも仲良しである
サッちゃんは当時81才
彼氏は76才
彼氏は大人しい老人だが
サッちゃんはバイタリティ溢れる
老婆である
介護の仕事をしていて
自分より若いお年寄りの介護をしている
店に来れば
聞いたこともない
演歌とも民謡ともつかない
カラオケを延々と歌う
体力は尋常ではない
居酒屋なのにサッちゃんは
手作りの惣菜を持って来て
居合わせたみんなに食べさせる
だが、これが美味い
特に卵焼きが絶品だ
さすが老婆である
刻んだニラか小ネギかが入っている
なんとか真似をしようと
家で色々試したが
どうしても無理だった
サッちゃんと彼氏はご高齢のため
ダラダラと長居はしない
サッちゃんが満足するまで
歌えば帰る
帰り際
彼氏はお愛想を済ませ先に店を出た
それを追ってサッちゃんも席を立つ
さっさと行けばいいのに
僕のところに寄って来て
ねぇ見て見て〜
ワコールのブラ買ったの〜
‼️ モロに見てしまった
グアッ… おいババア…
絶句して二の句が継げなかった
罵詈雑言を浴びせたかったが
無理だ
ヒャッヒャッヒャッ
おどろおどろしい笑い声を残し
彼氏を追って店を出るサッちゃん
これからふたり
何処へ行くのか…
背筋に悪寒が走る
恐ろしくて考えるのはやめた
ワコールがお高いのは
僕でも知っている
自慢したかったのか
僕をおちょくりたかったのか
あのババアは妖怪だ
水木しげるの妖怪図鑑に
探せばサッちゃんが載っている
かも知れない
僕の後ろの小上がりに
仕事仲間らしい四人組が来店した
年齢はバラバラ
仕事の打ち上げか
お疲れさん会的な感じ
暫くは楽しそうに盛り上がっていた
だがいきなり
ガシャーンときた
驚いて振り返ると
一番年長者が一番若い男を
一方的に殴っている
他のふたりは
おいやめろやめろ
とオロオロするばかり
狭い店だ
迷惑極まりない
やり合う喧嘩なら
外でやれと追い出すが
あまりに一方的だ
仕方ないので止めに入った
おう止めんかキサンッ
一方的になんしよるか
いっぺん表出れ
こんな時は九州弁に戻る
ちなみこの店のママも
九州の人だ
殴っているオヤジを外へ引っ張り出す
楽しそうに飲んでたじゃん
何があったの
みんなにも迷惑かかるしさ
なだめながら言うと
オヤジは落ち着いたのか
すいませんでした 申し訳ない
と言う
店に連れ帰るつもりだったが
オヤジは駅の方へ歩いて行った
小上がりから引きずり出したので
店のボロいトイレ用サンダルのまま
帰って行った
店に戻ると
殴られていた若者はノビていた
口元から鼻から血が出て
メガネにはヒビまで入っている
マンガだ…
その時点で、もう笑いそうだった
しかも何がブツブツ言っている
おい大丈夫か? 起きれるか?
声をかけても目は虚ろ
僕を透かして遠いところを見ている
よくよく耳を傾けると
グッ…俺は…
俺はお前を許さない…
お前は…俺の…
お前は俺の全てを…否定した…云々
思わず
ヒッと声が漏れた
必死に笑いをこらえた
ああ、そりゃ大変だな
と訳のわからない慰めを言ってみた
暫く休んで
残りのふたりに支えられ
ヨロヨロと帰って行った
彼等を見送ったあと爆笑した
長くなるので
一旦切ろう
スナックも居酒屋も
いろんな人が集まる
常連もいれば一見さんもいる
今夜も
日本中で笑いと涙が
繰り広げられていることでしょう