社会人1年生の若者の、1番欲しい物
当時それはダントツで クルマ だった
愛車を所有すること
その愛車を運転すること
停めた愛車を眺めること
全部憧れた
苦しくなるほど切望していた
それに…
クルマがあれば彼女だってすぐにできると皆思っていたし、実際そうだった
そういう時代の流れだった
僕がずっと憧れていたクルマは
初代トヨタ チェイサー後期型
それも赤が欲しかった
営業車で街を走りながら
車屋さんをチラチラと覗く日々だった
初代チェイサーはもう中古でしか手に入らなかったが、当時まだ玉数はそこそこあった
そして通りかかったクルマ屋で
遂に見つけた
赤いチェイサー
SGS を考えていたが、見つけたのは
最高グレードの SG-touring だった
今の国産車にはもう存在しない
2ドアハードトップ 5MT
興奮して舞い上がってしまい
店の人を見つけるなり
これください
と言ってしまった
店員の反応など気にならないくらい興奮していた
チェイサーを探すのに時間もかかったし
そのつもりで貯金も怠りなかった僕は
キャッシュで買った
そして2週間ほどで納車、ちょっと遠い店だったのでクルマ屋さんが持って来てくれた
憧れのチェイサーを
とうとう手に入れたのだ
大学の推薦入学を断って良かった
とその時ばかりは心底思った
2リッターM-EU型エンジン
今のようなツインカムでは無い
OHCだが、直列6気筒エンジンは驚くほど滑らかに回った
当時のトヨタの高級車に搭載され始めた
電子制御式燃料噴霧装置も付いている
寒い朝にチョークを引っ張る、なんてしなくていいのだ
ただ、内装色がベージュだった
SGSなら黒もあった筈だが
最高グレードのエンブレムに目が眩んだ
まぁ内装は許容範囲だったが
問題はボディカラーだった
純正の赤はどうも小汚い
迷った挙句塗り直す事にした
仕上がりはイタリアンレッド
フェラーリと同じ鮮やかな赤だ
チェイサーによく似合っていた
思い切ってやって良かったと思った
マフラーをフジツボに換装したり
ホイールをインチアップしたりはしたが
派手にイジる事はしなかった
週末の度ごとに仲間と走りに出掛けるのは本当に楽しかった
首都高の環状線を深夜、グルグルと走り回っていたが、
僕達の少し後の世代がボーイズレーサー級の車で参戦するようになり
元々そんなに速くはないハイオーナーカーの僕達は早々に首都高はやめた
夜の埠頭にもよく行っていたが
そこにも速いドリフト特化のクルマが集まるようになり
世代交代の波は来たなと思った
後に後から来た彼らは
ルーレット族やローリング族などと言われ社会問題にもなっていた
さっさとやめて正解だった
タイミング良く?なのかクルマを持ったおかげでそれぞれガールフレンドが出来はじめた
女の子を隣りに乗せて危険な運転など出来ない
僕も仲間たちも
少しは大人になっていた
週末、仕事を終えて
ネオンの灯りや街灯の灯りを眺めながら
お気に入りの曲を流し
彼女を迎えに夜の街をチェイサーで走る時
何より高揚感があった
存在感のあるフロントマスク
エレガントなボディライン
滑らかに気持ち良く吹き上がるエンジン
クルクルと軽すぎるパワステ
それがチェイサーだった
写真はフェンダーミラーだが
この後ドアミラーに変えた
あれから
何台ものクルマを乗り継いだ
でも、もう二度と
あんなにカッコいいクルマは出て来ないだろう、と思う
月並みな言い方だけど
僕の青春を乗せたクルマだった
そして
次に乗った ソアラ で妻と知り合う事となるのだった

