令和のにっぽん、新しい時代へ

 

 

シュークリームの話

先日、自分の住まいは神奈川県の西部の田舎にあるのだが、駅前にビアードパパのシュークリーム屋が出来た。

それで思い出したのが、今年6月に国会で裏金問題の政治資金規正法を巡って紛糾をした時に、岸田元総理が、自民党の国会対策議員幹部らの楽屋に差し入れたのが銀座コージーコーナーのシュークリームで、国会でいちゃもんを付けた日本維新の会がお疲れさんと野党に配ったのが、ビアードパパのシュークリームだったという話。

シュークリームと聞いて思い出す話が他にもある。映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の中で、集団就職で東京の自動車修理店の個人お商店に住み込みで働きに来ていた店員さんの女の子が、こっそり仕舞ってあったシュークリームを食べてしまい、お腹をこわす話があった。東京タワーを建設していた昭和33年頃の話だ。

昭和35年生まれの自分は三歳まで横浜に住んでいた。父親の姉が嫁いだ先が横浜の神奈川区にあって、赤ん坊の私と両親はその姉の一家の二階が貸間になっているそこに住んでいたのである。父親の葬式の折、その家の従姉妹たちが話してくれたシュークリームにまつわるエピソードがあった。

いとこ達が幼い日、当時のシュークリームというお菓子は、珍しいプレミアムな食べ物で、わたしの父親にお土産で貰って初めて食べた味がとても嬉しく記憶に残っていると…。

かつて、日本にはそうした風景があった。新政権となった石破内閣には、どうかそうした庶民の小さな幸せが叶うような、令和の新しい政治をして貰えたらと想ふ。

 

 

余談ですが、今年6月の「沙菜子の和敬清寂Blog」にはインターネットのクッキーの話を書いてます。

 

追伸:お菓子作りの趣味の人に聞くと、シュークリームを手作りするのは、結構難しいそうです。生地を膨らませたりするのとか…