Ψ(さい)のつづり -86ページ目
自分のしていることが
取るに足りないことにみえて
自分に自信が持てなくなったとき
自分のしたことが
どうしようもない
過ちに思えるとき
誰かに会いに行く
ということは
また別れるということで
その別れは
前の別れより
悲しみが増すことに
気づいたとき
どうしようもなく
自分が独りぼっちで
指の隙間から
大切なものが
こぼれていくように
感じられる夜
そういうときは
溢れ出す
涙をこらえず
泣いていいんだよ
いつもの
ニコニコして
明るいわたしを
少しの間手放して
しばし籠ろう
あの方でさえ
籠ったのだから
自分を赦す
ことができるように
わたしを愛する
ことができるように
わたしが泣きはらして
ソバを食べに行っても
気付く人がいないところで
闇の中の
おとを
ききわけることが
できるように
自分への
無数の愛に
こたえる
いのりを
ささげ

たかまがはらに
おりたちて
さらさらと
かぜのこえ
みみに
すずし
ちを
ながむれば
かわながれ
やまから
ひがのぼる
やれ
ひとの
おおきこと
なんとかはせん
にわかづくりの
いえをはらい
きをふやし
みどりまし
すこしずつ
ちゃくじつに
うつくしく
かえていく
かえっていく

2025年は
なんだか
すごいとしに
なりそうだ
そらはきれいに
はれわたり
うつくしい
かぜがふく
じぶんを
しっかり
もっていないと
ふきとばされる
きせつや
ばしょに
かんけいなく
ひかりの
かーてんが
かかり
かぜはつよく
あめが
せかいを
きよめ
かみなりはとどろき
ふゆもあたたかい
いまのうちに
ゆきを
みておいたほうが
よさそうだ
ゆきは
とてつもない
てんからの
ぎふとだったと
あとから
しることに
なるだろうから
なんぜんねんの
ときのうつろいにも
たえた
けんぞうぶつは
いまの
わたしたちに
なにを
つたえようと
しているのだろう
うつくしい
よるの
ほしぼしに
きいてみよう

あなたは
わたしの
ハイパー
ハイオクターブ
わたしの
あこがれ
そして
わたし自身
わたしが
おろかなときも
やめるときも
かなしかったときも
うれしかったときも
これからの
至高の
よろこびも
みんな
みんな
見守り
愛をおくる
手を
さしのべる
ときもある
そっと
まなざしだけを
むけるときもある
いつだって
ひとりじゃない
いつだって
最高の
自分に
なるための
ささえ
ありがとう
ありがとう
ありがとう

異端であることを
あらためて
自覚し
それに
誇りを持とうとしている
こんなふうに
ノクターンを
練習しながら
ふっと
なみだが
出そうになる瞬間も
ただただ受け入れ
本当の自分に
うまれかわることを
あらためて誓う
その曲をうまく弾ける誰かが
弾いたり
教えたり
それもいいかもしれない
でも
それだけじゃ
たりない
自分を癒せるのは
じぶんだけだから
自分を変えられるのも
じぶんだけだから
ただただ寄り添う
感謝とともに
愛を込めて


