Ψ(さい)のつづり -31ページ目
強風の
ただ中に
立つ
ただひとりで
この風が
いろんなノイズも
自分が放つ雑念も
飛ばして
くれる
野蒜の皮を
剥いていくように
一枚
一枚
自分の
不要な
皮を脱いで
わたしの中に
降りていく
わたしはどこにいる
わたしはどこへ行く
何をして
何を糧にするのか
わたしと
わたしだけの
約束
わたしはちゃんと
果たせているのかな
わたしは
この道で
いいのかな
誰かに
合っているよ
と言ってもらわないと
心配なのは
甘ったれて
いるってこと
わたしのことを
だれかに
委ねることはできない
ことなんて
知っているくせに

わたしは
もっと
みえる
メガネがほしい
近いものから
遠くのものまで
世界の果てまでも
見渡せる
そんな
メガネを
つくりにいこう
そして
メガネ越しに
たくさんのものを
みたい
知りたい
学びたい
そして
新たな何かを
うみだしたい

いまの
当たり前は
いつだって
当たり前じゃない
聖徳太子のころは
みんなロン毛
それをうまく
素敵に束ねている
武士はお化粧をしていたし
やっぱり
ロン毛だった
かつての
ロン毛は
きっとずっと
はるかに
手入れが
大変
だって
ドライヤーがない
たった
それだけで
冬の
お風呂上がりは
修羅場になる
ほぼ
外と同じ室温の家は
いまもあるけれど
そのころは
お風呂自体が
普通にきっと外
身も
髪も
凍る
そんな中
ロン毛を維持していたのは
美容院がそこら辺になかった
だけが理由じゃないだろう
過去の
時代時代の
ロン毛には
きっと
生きていくための
運を切らさないような
何か
深い
理由が
あったのだろう
髪が伸びるっていうこと自体が
生きているっていうことで
それを
切ってしまったら
命を削ってしまうような
氣がしたのかもしれない
それ以外にも
何かあるのかも

森の中に
おいしそうな
香りが漂ってきて
それは
突然
あらわれた
軽く
70年くらい
そこに
あったような
昭和な
おうちは
まるで
お菓子の家のように
森をさまよう者を
誘う
その家の前には
昭和の値段の
看板がたつ
もしかしたら
このおうちが
うまれたころの
ケーキセットのお値段かしら
きっと
冗談か
そうでなければ
まじょが
住んでいるのかも
しれない
だって
このあたりの
ケーキセットの
お値段は
軽く5倍はするもの
おそるおそるのぞいてみると
まじょではないみたい
わたしたちを
食べようとはしていない
むしろ
おいしいお茶と
甘さが控えめで
おいしいお菓子を
甘さ以上に
控えめな
お値段で
ごちそうしてくださる
ありがとう
そんな不思議な
不思議な
タイムトリップ
お稲荷さんの
きつねに
つままれたような
氣もちに
なりながら
過去から
帰ってきましたとさ

12年前
しろっぽい大きいどぜうと
くろっぽい小さいどぜうが
やってきた
すでに大きく
いつうまれたのか
とんとわからない
しかも帰りに袋から
1匹とびだし
地面に落ちた
1メートルくらいの
高さから
暑い日中
道路で
どぜう焼きに
なったかと思ったけれど
奇跡的に回復し
仲良く昨年まで
一緒に
暮らしていた
昨年しろい方がおかくれに
くろい方は
金魚と出目金と暮らしていたが
最近
沈み方がわからなく
なってしまった
油断すると
すぐ
浮いてきてしまい
さかさまに
なったり苦労している
かと思えば
普通にいつもどおり
下にいたりもする
めしいてしまったようで
目が緑色だ
そういえば
どぜうは
なぜ
沈んでいられるの
よく考えたら
不思議じゃないか
上昇志向どぜうは
驚異的な
生命力で
何とか
ふんばっている
がんばれどぜう
見守ることしか
できないけれど


