東京大空襲から75年。今日は、空から雨が降っていました。 | 「私はなんの為に生きているんだろう(涙)」と思っている人ほど、実は人や地球の為になれるんです!!!

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今日は、朝からずっと雨が降り注いでいましたが、75年前の今日は、焼夷弾が降り注いでいたのですね。

 

 

 

75年前の今日、1945年3月10日。

 

東京の空は、真っ赤に燃え上がり、新宿から東の空を見ると、まるで日の出のように明るくなっていたそうです。

 

 

東京都は、1944年11月以降、一般人を狙った空襲は、106回も繰り返し行われた。

 

その中で、もっとも規模の大きかった10万人もの一般人が亡くなった空襲が、1945年3月10日のもので、後に「東京大空襲」と呼ばれたそうです。

 

私は、東京大空襲については、あまり知らないまま大人になってしまったのですが、15年ほど前、ずっと気になっていた靖国神社の近くにある昭和館に行ってみると、この本に出会ったのでした。

海老名香代子さんの戦争体験を綴った「半分のさつまいも」という本です。

 

とても読みやすい、温かい言葉で綴られたこの文章に吸い込まれるように、読書嫌いの私が2時間ほどで一気に読んでしまいました。

 

・・・ありえない快挙でした。

私、本当に読書が苦手で、ほとんどの本も、1行、長くて1ページでノックアウトなんです。

 

しかし、この本は、生き生きとした下町で暮らす人々の息遣いが聞こえてくるようなタッチで、なぜか映画を見るように読書をしていました。

 

 

大好きな家族を失い、悲しみにくれながらも、お世話になっている疎開先の親戚のお家もだんだんと食料に困っていく様子をみて、申し訳ないという一心で、石川県穴水町の疎開先から一人で東京に戻り、親戚の家を転々とし、もう、これ以上誰にもお世話になれない、死ぬしかない、、と思った時、「絶対に行ってはいけないよ」と止められていた実家のあった本所深川にどうしても行ってみたくなって、行ってみた。

 

そこで、丸焼けになった実家の跡から、弟のお昼寝布団の一部を見つけ出したり、お母さんのお茶碗のかけらを見つけたり、必死に、自分の家族の生きていた跡を掘り出していると、途端に日が暮れて真っ暗になってきて、寒くなって、「もうここで死ぬしかない。」と思い、お腹が空いたまんま、お家の勝手口にあった残っていた石段に座って蹲っていると、黒いマントを着たおじさんがやって来て、「お嬢ちゃん、こんなところで何しているんだ!しっかりおし!しっかりおし!ダメじゃないか!?しっかりおし!」と強く揺さぶって、「でも、もう行くとこもないの。」と言って泣いていると、「これをお食べ!これをお食べ!」と言って、あったかい半分のさつまいもを手に握らせてくれたそうです。気がつくと、そのおじさんは、どこかへ消えていたそうです。

 

その後、頂いたあったかい半分のさつまいもを食べると、なぜか不思議なくらい体があったかくなって、力が沸いてきて、派出所の方へ歩いていくと、人探しの看板をみつけ、お父さんの友達の落語家さんが自分を探していたことがわかり、その張り紙を持ってその落語家さんの家に尋ねると、「よく来たね、よく来たね、家の子におなり!家の子におなり!」と言って、養子として温かく引き取ってくれたそうです。

 

 

一人で健気に生きてゆく小さな女の子のリアルな戦争体験が、なんとも共感を呼ぶ、素晴らしい本でした。

 

香代子さんの言葉は、どうしてこんなに心に響くのだろう。。。。

 

 

嘘偽りのない、素直な素朴な言葉の一つ一つが、心に軽やかにポンポンと心地よく響いてくる。

 

 

 

香代子さんが、何かのテレビ番組で仰っていたのは、「私は、どんなにお腹が空いても、食べ物を盗んだり、一度もしませんでした。あの状況なら、盗むのも仕方がないかもしれないし、そういうことをしていた人もたくさんいましたが、それをしなかったことが、私の誇りです。」と。

 

 

どんなに過酷な状況でも、自分の心を偽ることなく生きて来たからこそ、一族が繁栄して行くのかもしれませんね。

 

日本の戦後の繁栄は、こうした清らかな人々の果てしない苦悩と努力の結晶だったのだと思います。

 

 

 

そうして、明日3月11日は、東日本大震災から9年となります。

 

私は、その時、東京にいました。

 

私の実家は宮城県でしたので、震度7強の地震で全壊。

 

その後、家族、親族一同助け合って復興して行くのですが、しばらくすると、「命だけは助かって良かった」という喜びも束の間、所謂「心の被災」が始まりました。

 

私が高校3年生の受験生真っ只中の時、阪神淡路大震災があり、その後早々と復興して行く中、「心の被災」という言葉が囁かれ始めたけれど、どういう意味か全くわかりませんでしたが、リアルにその意味を知ることになるとは、夢にも思っていませんでした。

 

 

とにかく、こうした経験から、この海老名香葉子さんのように、自分の心に偽ることなく、素直に健真面目に生きてさえいれば、絶対に幸せになれると思い知った、東日本大震災後9年間となりました。

 

 

なんの因果か、阪神淡路大震災から復興20年の年に始めた「世界を帰るファッションショー」は、奇しくも、東京大空襲・戦後70年の年に第一回目を開催していたんですね。

 

「震災を忘れない」をテーマに開催したファッションショーですが、

「震災は、忘れなければ来ない!」という信念の元、次回も開催します。

 

 

今年の始めからコロナウィルスが世界中で流行を始め、国交封鎖なと、今まで考えられないような状況になってきていますが、過去、どんな状況でも、私たちのご先祖様は生きてきた、生き抜いてきたからこそ、今、私たちは生きている。

 

そう考えると、まだまだ今の状況というのは、本当に有難いことだと思います。

 

 

だからこそ、自分のたった一度の人生を大切に生きたい。

 

 

なんのために生まれてきたのか。

 

なんのために生きるのか。

 

 

生まれてきた意味を見失うことなく、しっかりと心のベクトルに従って、人生を全うしたい。

 

 

 

自分という人生映画を、自作自演で自分が監督で自由に描けるのが、この世なんだと思うのです。

 

 

 

だから、自分の理想の人生を思いっきり自由に描いて欲しい。

 

 

 

どうやって描いていいかわからない人は、ぜひ、「世界を変えるファッションショー」を観に来て、参加して欲しいです。

 

やり方がきっとわかります。

 

 

開催まで待てない方は、PHPM講習に遊びに来てください。

 

きっと、本当の自分が求めていた生き方に、自分で気づくことができることでしょう。

 

私も、その一人でしたから。

 

 

 

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注意 講座は、2020年12月で終了します。

 


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『人生は貴女の映画です』
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◆日程

・名古屋:3/8(満員御礼終了)

 

今週の土曜日は 松本市で開催‼︎ 

・長野:3/14

主催:モデル金田律子さま

 

 

・東京:3/15

主催:アーティスト齋藤あすかさま

(すごい素敵なアクセサリー作家さんです!) 

 

・大阪:3/20~22

主催:ファッションショー大使 山田あやこさま

 

・東京:4/4

主催:モデル金田律子さま

 

 

 

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『美しい人生の映画の創り方講座エントリー』
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